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10月3日(金)11日目 宿(ロッジおざき)

猫がいなくなって、また同行二人の朝が明けた。
白浜ビーチには朝早くから地元の人達が散歩やマラソンにやって来る。

だらだらしているのは失礼なので、テントをできるだけ早くたたんで顔を洗いに行く。
トイレの真裏に設営していた。
今までトイレには一方からしか向かっていなかったが、反対側から入ってみた。
看板が立っていた。
「テント設営禁止」
わちゃー。やってしまった…
知らなかったとは言え、申し訳ない。
お遍路さん、ここはテント禁止です…

今更遅いけれど、慌てて準備をして室戸岬へ向かう一歩を踏み出した。
高知に入ったことで、胸が高鳴った。
しばらく歩くと、昨夜泊まるはずだった生見海岸が見えてきた。
いつもは車で来ていたため感覚が全く違っていて、知っている場所のはずなのに変な感じがする。
温水シャワーを横目に、今日は宿に泊まるから、と足早に通り過ぎる。

今日は凪。
だが、波間には既にサーフボードと黒い頭がいくつも浮かんでいた。

生見を過ぎ、照りつける太陽の中を歩く。
朝から暑い。
やはり高知は、太陽光線がきつい。
昔住んでいた沖縄やカリフォルニアほどではないが、しばらく関西に慣れきっていた肌に突き刺さる。
フラフラ集落に入り、しばらくすると、右手に番外霊場である東洋大師明徳寺が見えてきた。
階段を上がると、すぐ右手にこぎれいな通夜堂が見えた。
布団などもある。
この辺なら、ここで泊まるのが良かったのだろう。

通夜堂から目を離し、左側を見るとなにやら恐い顔をした住職さんのような人が、修験衣装(山伏衣装?)を着て火を焚いている。
どうやらお札や護摩木を燃やしているらしい。
おはようございます、と挨拶をし、本堂にお参りしお経を唱えた。
それが終わり、通夜堂の前で休憩をさせてもらっていると、
「火渡りやるか?」
と、声を掛けられた。
は?火渡り?私がですか?いやいや、熱くないんですか?
「何事も経験だ。やってみなさい。それと、写真を撮ってくれ。」
と、言われた。
修験もこのお寺は行っているのですか?と尋ねると、
「まあ、そうだな。このお寺がそう、というわけではないのだが、たまにな。」
と返事が返ってきた。
あ、そういえば本堂横にあったこのお寺のパンフレットには、「滝修行」と題してちょろちょろと樋のようなものから流れる水の下に印を組んで立つ人の写真が載っていた。
これ、滝修行ちゃうやろ!と心の中でつっこんだのを思い出した。
住職が炭を脇に寄せたり作業をしていたので、後ろにつながれていた犬と遊んだ。
人に触られるのにあまり慣れていない様子の犬だった。
触ってやるとうれしそうに尻尾を振るのだが、ちょっとぎこちなかった。
この犬捨て犬だったんですか、と尋ねると、
「そうじゃ。捨て犬だったが、今はわしが飼っとる。」
犬は、首輪にお守りなどを付けていて、白衣のようなものを着ていた。
大事にされているんだ、と思うと胸が熱くなった。
良い人に、めぐり合えて良かったね。

しばらくすると、火の準備ができたらしい。
「よし、ここの位置からわしが『よし』と言ったら、シャッターを押してくれ。」
と言って、黄色い写るんですを渡された。

何やらぶつぶつ唱えて印を結ぶ。
「よし!」
パシャ
「取ったか?ちゃんと取ったか?もう一枚いくぞ!」
何やらポーズをつけている。
「よし!」
パシャ
「ちゃんと巻いたか?」
なんだか彼のアシスタントのような気がしてきたが、彼のポーズやいちいち言う台詞がおもしろかったので、撮影を続ける。
いよいよ火渡りである。
「1、2、3、で取ってくれよ。1、2、3!」
「取れたか?今度は火の真ん中くらいで取ってくれ!」
こんな調子で15枚くらい彼の修行ドキュメンタリーを取り続けた。

「よし、次は君の番だ。こっちに来なさい。」
言われて火の前に立つ。
熱いんだろうか。それが本当に祈りなんかで熱くなくなるんだろうか?
住職さんは、火の反対側に言って何やら呪文を唱える。
そして写真を撮ってくれる。
「1、2、3で走りなさい。1、2、3!」
熱くない。
全然熱くない。
ってか、火渡りじゃなくてこれ、炭渡りだろ!
口に出しては言えなかったが、心の叫びは大きかった。

その後3回ほど炭渡りをして、OKがだされた。
「納め札の裏に住所を書いて、渡しなさい。写真ができたら送ってあげるから。まだフィルムが残っているから、すぐには送れんけどな。」
いや、私も遍路途中なんですぐに家には帰れませんから…
「うん、グッドタイミングだったな。準備をしていたら、丁度来てくれたしな。うん、ありがとう。」
この住職さん、ぶっきらぼうだし顔は恐いけど、本当はとても優しい人みたいだ。
楽しかった。出会えてよかった。
ありがとう、住職さん。お元気で!
お礼を言って、深く出口で一礼して、また室戸への道に戻った。
写真は、その2週間後くらいに届いているよ、と家から連絡があった。
明徳寺

明徳寺を出て、野根の集落を進むと左手に「野根まんじゅう」ののぼりが見えてきた。
中には人が沢山いて、どうやらまんじゅうを蒸しているようだ。
食べたかったのだが、ばら売りをしてくれるか分からなかったのと、店自体がまだ開いているように見えなかったので、素通りをしてしまった。
後で知ったのだが、この野根まんじゅうは、高知ではすごく有名なまんじゅうらしい。

野根の集落を抜けると、ここから室戸岬まで国道の一本道になる。
左には低い崖下に広がる青い海、右には山。
本当に国道しかない。
自動販売機もないので、明徳寺か野根集落できちんと水分補給をしておかないと辛い。
遍路地図にはここから10kmほどまったく休憩所が記載されていないが、実際には3箇所休憩できる場所があった。
最初は野根から2.5kmくらいの場所にある「ゴロゴロ休憩所」。
東屋がある。
この辺りの海岸線には丸い石が多くあり、波が強い日にはゴロゴロ音がするらしい。
なるほど。確かに波が寄せる度にゴロゴロゴロと音がした。
次の休憩所は、空法上人をお祭りしてある場所。
ここには湧水とトイレもある。
木陰が涼しい。
次は、ヨドノイソ休憩所があり、そこにも東屋があった。

昨日白浜海岸で洗濯して乾ききっていなかった衣類をバックパックに乗せて干しながら歩いていたのだが、気がついた時にはバッグの上にはTシャツしか乗っていなかった。
この国道で快適な方のズボンを落としてしまった。
ショック…
これで、今履いている不快極まりないナイロンの白い遍路ズボンしか着替えがなくなってしまった…
どこかでもっと着心地が良いものを調達しないと。

佐喜浜に到着する少し手前で、バックパッカーに出会った。
お遍路さんなんだろうが、白衣も菅笠も金剛杖すら持っていなかったので、バックパッカーだ。
まだ若い男の子だった。
真っ黒に日焼けしていて、暑そうに歩いている。
いつものように挨拶をして通りすがりに、もうすぐ休憩所があるよ、頑張って、と言うと、立ち止まってイアホンを外して、え?と言われた。
同じ事を繰り返し言うと、「あー、やっとかー。ありがとうございます。」と言って去っていった。
正直この時、もったいないな、と思った。
私もiPodを持って来ていたが、歩いている間はやはり四国との一体感を大切にしたかったので昼間は聞かないようにしていた。
人それぞれの歩き方があるのだろうが、ただもったいないな、と思ったのだ。

今晩は、お風呂にも入りたかったので宿に泊まろうと思っていた。
足も疲れていたので、2件しかない民宿の手前のほう「ロッジおざき」さんに電話予約を入れた。
佐喜浜港付近には大師堂があるらしいので、この辺で野宿する人は参考までに。

「ロッジおざき」さんの若女将はものすごく美人だった。
後で分かるのだが、この辺りでも、遍路の間でもものすごく有名らしい。
夕食も美味しかった。

布団に入り、ゆっくりと休ませてもらった。
今日ズボンを無くしたのは本当にショックだったが、高知に入った喜びはまだまだ続いていた。

今日出会った全ての人々と動物たち、ありがとうございました!

11日目 歩行距離 22.6km
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10月4日(土)12日目 宿(吉田旅館)

快適なロッジおざきでの朝。
朝ごはんもボリュームたっぷりな上に、おいしい!
しかも若女将が、お接待としてお昼ご飯におにぎりをパックに入れたものを渡してくれた。
ここが歩き遍路に評判がひどく高いのも分かる気がする。
ありがとうございます。
若女将に見送られて、室戸岬へ出発。

ロッジおざきから500mほど離れた場所に、もう一つのお宿民宿徳増さんがある。
ここも歩き遍路に評判の良い民宿らしい。

海岸際をてくてく歩いていると、ドライブイン夫婦岩の辺りに観光バスが止まっている。
中から白衣と菅笠をつけたおじさんおばさんがぞろぞろと降りてきた。
どうやらここから室戸岬まで歩く観光団体のようだ。
しばらくその団体の後ろを歩いていたが、やはりスピードが遅い…
幸いなことに、この団体は夫婦岩を見学するために鹿岡鼻のほうに降りて行ってくれた。
ここは、昨日ロッジおざきさんに宿泊しなければ野宿しようと思っていたところだ。
トイレもあるし、東屋もある。
私も夫婦岩を見たかったのだが、団体と一緒に入るのが躊躇われたので先に進んだ。
ここからは、先ほどの団体が降りたバスと抜きつ抜かれつの歩行。
バスは、団体とさほど離れた場所で待っていてはいけないらしく、ちょっと離れた場所で待機している。
それを私が抜かす。
しばらくすると、バスに抜かれる。
それの繰り返し。

昨日佐喜浜の集落を歩いていたときに、おじさんが「室戸のバーデハウスに足湯があるから使いなさい、」と教えてくれた。
バーデハウス入浴料は1700円と高額だが、足湯は無料らしい。
バーデハウスに到着したので、敷地内に入っていくとありました!
無料の足湯!
出発して12kmほどの場所だったけれど、せっかくおじさんに教えていただいたのだし、と思い足湯に足をしばらく浸けた。
15分ほどの足湯の後、横にあった自動販売機で室戸の深海層水を発見。
早速お金を入れたが、商品が出てこない。
そこで、施設の中に入りその旨を伝えた。
前からテント泊のときにサンダルが欲しいと思っていたのだが、丁度500円でビーチサンダルを売っていたので、それを早速購入。
そして無事深海層水もゲットしたので、室戸に向けていよいよ出発。
足湯のお陰か、足が軽い。

室戸岬に到着する前に、御蔵洞(みくろど)という弘法大師ゆかりの洞窟に是非寄りたかった。
ここは、彼が20代四国で修行していた際に野宿した場所らしい。
ここからの風景を見て、自らの名を「空海」と改めたのだとか。
この辺りには弘法大師ゆかりの史跡が多く存在する。
だが、それは海岸沿いの遊歩道に多かったので、残念だが今回は割愛した。

さて御蔵洞に到着。
だがそこには大きな観光バス2台と先ほどの歩き団体のバス合計3台が泊まっており、興ざめだった。
せめて駐車場を離れた場所に設けて欲しいな、と思った。
気を取り直し、団体の中をすり抜け、肝心の御蔵洞に入った。
御蔵洞の中は暗い。
上からは常に水が滴り落ちている。
下にも水が溜まっており、快適には程遠い場所だった。
本当にこんな場所で寝たのだろうか…
(後日、ここで一人野宿をしたお遍路さんに出会ったが、やはり悲惨な目に合ったと言っていた。)
御蔵洞内から外を見ると、空と海が見える。
よく観光パンフレットの写真で見るような、鳥居に青い空に青い海を見たかったのだが、今日は生憎曇り。
残念。

ようやく最御崎寺へ登る登山口前の駐車場に到着。
体格の良い野良猫がいっぱいいる。
猫のエサの残りがあるので猫たちにおすそ分けをし、登山口を登っていく。
いよいよこの74kmの旅に決着が付くかと思うとうれしくなった。
だがこの道も結構きつい。
ふと、先日アンドレと「もう山道は嫌だー」と二人で意気投合したことを思い出し、笑ってしまった。
途中にある「捻岩」(弘法大師が母を守るために岩を動かして作ったと伝えられている)などを見ながら、いよいよ最御崎寺の山門に到着した。

24番札所 最御崎寺 75.4km
修行の道場、土佐最初の札所。
23番札所から75.4kmを3日ほどかけてやってきた。感慨深いものがある。
やって参りました、と深々と一礼してお寺に入った。

室戸岬を感じたかったので、登ってきた登山口へ降りて岬を回った。
だが、室戸岬には国道沿いにあんまり岬らしい風景がなかった。
012.jpg
仕方ないので先へ進む。
今日も雨が降ったりやんだりの天気。
野宿場所を探すのも面倒くさくなったので、今晩も宿に泊まることにした。
25番札所のすぐ側の吉田旅館に照準を定めて電話した。

25番札所がある室津は、この辺りでは比較的大きな町だということだ。
ロッジおざきの若女将は、ズボンを買える場所があると言っていた。
ナイロンの白いお遍路ズボンは通気性が悪く、辟易していたので道を急いだ。
室津に入り、まず吉田旅館さんにて荷物を置かしていただいた。
それから25番津照寺へお参りした。

25番札所 津照寺 6.5km
集落の細い路地に入り口があり、長い階段を上っていくと山門に到着。
ここからの景色はきれいだった。

お寺を出て、ズボンを買いに近くのショッピングプラザへ向かった。
室津の町は、本当に路地が狭く、なんだかとっても懐かしい感じのする町だった。
路地を歩いていると、猫が2匹塀の上から出てきた。
エサが手持ちでなかったので、すぐ戻るね、と言って去った。
ショッピングプラザで安いコットンのズボンと猫のエサを購入し、また狭い路地に入る。
同じ場所で猫を呼ぶと出て来た。
早速購入したエサを与えた。
1匹は人馴れしているようで、美人さんだった。
013.jpg
この子たちが満腹になったところで別れを告げた。
元気で生きていってね。

吉田旅館に戻ると、中から90に近いようなおばあちゃんが出てきてくれた。
「こちらも一生懸命させていただきますので、よろしくおねがいします。」
と挨拶をしてくれる。
こちらこそよろしくおねがいします、と挨拶をした。
部屋に通されると、そこは樟脳のにおいがし、ダイアル式の電話があった。
全体的にとてもレトロなお宿で、おばあちゃんも含み気に入ってしまった。
向かいの部屋は、偶然にも昨夜ロッジおざきさんで一緒になった男の人だった。

晩御飯もおいしかった。
おばあちゃんがテーブルの前の応接間でテレビを見ていたのだが、赤とんぼが画面に映ったとき、
「この辺りでは赤とんぼもぱったりと見なくなったのよ。
みんなオレンジ色のトンボしかいなくなってね。
また赤トンボが見たいもんだわ。」
あー、確かに徳島では頻繁に見ていた赤とんぼは、高知ではオレンジトンボしか見なくなっていた。
「減反政策のせいで田んぼに水がなくなってね、赤とんぼがいなくなってしまったのよ。
海は政府から減船令が出ててね。
他に何もできないのよ。
室津はもうだめだわ…」
とため息をつかれていた。
減反政策は知っていたが、減船なんて政策があったのは全く知らなかった。
おばあさんの悲しみと共に、立ち行かない地域経済の現状にショックを受けた。
以来、四万十や愛媛で赤とんぼを見る度、室津のおばあちゃんのところに飛んでいって姿を見せてあげて、とお願いをするようになった。

そんな夜が更けた。

12日目 歩行距離 21.9km

10月5日(日)13日目 宿(ホテルなはり)

25番門前のとってもレトロな吉田旅館での一夜が明けた。
樟脳の匂いに最初は悩まされていたが、やがて鼻が麻痺して気にならなくなった。
それよりも、部屋の中のピンクのダイアル式電話が愛おしかった。

おはようございます、と下に降りていくとおばあちゃんは既に居間にいた。
美味しい朝ごはんをいただいて、おばあちゃんとご主人に見送られて出発した。
おばあちゃん、ありがとう。
そのうち室津にも赤とんぼが帰ってくるといいね。

今日は雨。
しかもかなり強く降っている。
自衛隊ポンチョをかぶり、また一歩踏み出した。

今日は26番金剛頂寺を回る。
やはりお寺の間隔が狭いと楽だ。

室津の町を抜け、海岸沿いに集落を通って26番へ向かう。
途中から山へと入っていく。
小山のてっぺんにお寺はあり、獣道のような遍路道を登っていった。
すると、アンドレから電話がかかってきた。
26番から降りたところで迷子になったらしい。泣きそうな声になっている。
地図を見ながら、近くにいる人に場所を教えてもらうように説得した。
大丈夫だろうか…

26番札所 金剛頂寺
ここでも祈るのは、人々の心の平穏と光、そして動物や植物たちへの光。

お寺を出発し山を下り始めるが、朝からの雨で遍路道は小川状態。
道も雑草が多く茂っていて、徳島のきれいに管理された遍路道とはかなり違っている。
やはり高知は徳島と比べて経済状態が悪いのだろうか。
だから人々も遍路道を管理するような資金と心のゆとりがないのだろうか、などと考えながら降りていった。
小山を下り終えるまでに、靴はびちょびちょになっていた。
山道では木の枝に「蔵空間」という遍路宿兼カフェの案内札がかかっていたのが気になっていた。

山を降りると平坦な海岸線を国道55号と集落を交互に歩いて行く。

しばらくすると、吉良川町に差し掛かった。
国道ではなく集落内を通る道を選んだ。
しばらく歩いていると、集落内に土佐倉、土塀、町家などがきれいに保存されていることに気づいた。
吉良川町では町全体で歴史的建築を保存しているようで、とても感じの良い場所だった。
あちこちを見回しながらあるいていると、金剛頂寺の山で見たカフェ「蔵空間」の前を通った。
山中から気にはなっていたが、贅沢なんてしている場合じゃない、と一旦通り過ぎた。
だが、この雨の中安らぎが欲しかったのと、心に余裕のない旅も寂しいな、と思い引き返して立派な門をくぐった。
2つ目の門に、「お遍路さんとしてのマナーを守ってください。」というような張り紙がされてあったため、過去に何があったのか気になったが、ちょっと心を引き締める。

ごめんください~、と声を掛けて綺麗に管理された中庭に入る。
右手に蔵を改築したカフェスペースがあり、正面にはかわいい雑貨を扱っている。
中庭を挟んだ母屋もかなり古そうだがしっかりと管理されていて、うれしくなった。
古い家は大好きだ。
楽器が沢山置いてあるカフェではご主人がおり、母屋から奥さんも出てきてくれた。
カフェにびちょびちょのポンチョを持ち込むのも申し訳ないので、御杖さんと荷物と共に軒先に置かせていただいた。
蔵の中も全て木で装飾されていて、落ち着いた、本当に良い感じだった。
久しぶりにコーヒーを飲んだ。
炭火自家焙煎、ということもあり美味しかった。
メニューに手作りケーキが載っていたので、ついでにケーキも頼む。
こんな空間で楽しまないのは、勿体無いと思ったからだ。
しばらくここのオーナー夫妻と楽しい会話をさせてもらった。
外の張り紙は、お遍路宿に連絡もしないで突然現れた人がいたから張ったそうだ。
そこで意外なことに、室戸岬手前の「ロッジおざき」さんの若女将の話にも及んだ。
やはりあの綺麗な人は、お遍路の中でも地元でも有名らしい。
本当に久しぶりにゆっくりとした時間を過ごさせてもらった。
ありがとうございました。

またポンチョをはおり、外に出る。
オーナー夫婦は、門の外まで雨の中見送ってくれた。
ありがとうございます。

カフェでゆっくりしたお陰で、雨でも心が軽くなった。
綺麗な吉良川の集落を軽い足取りで歩いていった。

集落を出ると、また海岸沿いの国道と集落を超えていく。
雨の国道は嫌いだ。
でも雨だからって歩かないわけには行かない。
困難な場所も辛い場所も、一歩一歩歩いてゆけば、必ず終わりが来ることをこの辺りから体で実感し始めていた。
しばらく歩いていると、前方に見たことのある後姿が見えてきた。
アンドレだ!
迷子から脱出したみたいだ。良かった。
子猫を拾って以来、久しぶりにアンドレと歩く。
アンドレは足を痛めているらしい。
今晩一緒に泊まってくれないか、とお願いされたので、奈半利町の最初の方で宿を取った。
奈半利まで、3人のおじさん遍路とアンドレ、私の集団パーティーで雨をぼやきながら歩く。
おじさんたちは先の二十三士温泉まで行くらしい。
アンドレの足がかなり限界らしいので、私たちはもっと手前の「ホテルなはり」に決めていた。

歩いても歩いても奈半利に到着しない感じがした。
アンドレの足は相当痛むらしく、びっこを引いている。
日が暮れ始める頃になって、ようやく奈半利に到着し、ホテルにチェックインできた。
小奇麗なホテルだ。
露天風呂付きの温泉もあり、アンドレと一緒にお風呂に入りご飯を食べた。

今日も一日全てのものに、ありがとう。

13日目 歩行距離 21km

10月6日(月)14日目 野宿(道の駅大山前の公園)

素敵な露天風呂のあるホテルなはりでの朝。
昨日の雨もようやくあがり、太陽が覗いている。

朝食の際に、アンドレがやはり足が痛く歩けないので病院に行く、と言った。
親切なことに、ホテルロビーのお姉さんが病院まで車で送ってくれるのだという。
良いホテルに泊まれてよかった。
出発の際アンドレと住所交換をし、お姉さんにアンドレのことを宜しく頼んで一人で出発。
結局ここがアンドレとの最後の地になった。
今まで毎日のように電話をし場所を確認しあったり、アンドレの悲痛な声でのヘルプコールを受けていたので、ちょっと寂しくなる。

アンドレは、結局その後歩くのは断念し電車を使い30番近くまで行った。
30番付近の「レインボー北星」にてしばらく逗留し、そこの親切なオーナーの整体を受けたり病院に連れて行ってもらったりしたが、回復しないままフランスに帰国した。
そこのオーナーには本当に良くしてもらった、と感謝していた。
その後もらった手紙では、空港からすぐにパリの病院に向かい診察したところ、両足を疲労骨折していたらしい。
散々な目にはあったけれど、いろいろな人の優しさに触れ、一生忘れられない旅になった、と言っていた。

さて、私は今日は山の上にある27番神峯寺まで登らなければならない。
奈半利の町を出て、また海岸線をしばらく集落沿いに歩く。
だんだん太陽がさしてきた。
それと共に気温がぐんぐん上がる。
やはり土佐は暑い。
途中安田という川沿いの集落を通過した。
野宿リストによると、ここのバス停で夜を明かす事ができるらしい。
途中の寂れたガソリンスタンドで、スーパーレトロなガソリンポンプを発見!
014.jpg
カッコイイ!

安田を過ぎるといよいよ神峯寺へ向かう登り坂が始まった。
ここの坂は今までの山道というよりは、農業道路だった。
坂のかなり上のほうまで畑がつらなっており、農家の方々は軽快に軽トラでこの坂を登っていく。
ここは、海抜0mから430mまで約3kmで登る。
そう聞くとたいしたことはないように思えるが、この坂すごく傾斜がきつい。
畑が切れ山が始まると更に勾配がきつくなり、途中を挟んで山を抜けている遍路道も更にきつかった。
時折参拝者らしき人達の車やマイクロバスが通っていったが、エンジンが唸っていた。
さすが修行の道場、土佐。
だが、一歩一歩休みながらでも踏み出していれば、いつか終わりが来る。
27番はもうすぐだ。

27番札所 神峯寺
入り口にある休憩所、ドライブイン27神峯店にて荷物を置かせていただくことができた。
身軽になり、参道を山門へ向かう。
参道から更に階段があるのだが、この当たりの杉はかなり見事な大きさになっている。
昨日までの雨をしっとりと含み、優雅な趣を湛えていた。
きっとここの空気が清浄なのだろう。
苔むした杉に手を当てると、なんだが穏やかな気持ちになれた。
景色も良かった。
自分の足で苦労して登ってくると、本当に気持ちがいい。
車で参拝が遍路の主流になっているが、本当に勿体無いと思う。

お寺での参拝を終らせ、荷物が待っているドライブイン27神峯店さんに戻る。
ちょうどお昼が近かったので、そこでうどんをいただくことにした。
というか、そこはうどんしか置いていない。
しかも、野菜うどん一品のみ。
肉断ちしている私にはありがたい。
しかもこのうどん、どうせ野菜といっても水煮のようなものがちょっと乗っているだけだろう、と思っていたらとんでもなかった!
茹でた新鮮な野菜を大きく切ったものを、大胆に5種類ほどトッピングされた。
野菜不足が否めない遍路としては、大歓迎!!!のうどんだった。
味も美味しく、満足、満足。
店長さんもとても気さくで、楽しい時間を過ごさせていただいた。
支払いを終え、外で休憩させてもらうことにした。

海を眺めながら地図を開き、今晩の予定を立てていると、そっとコーヒーが差し出された。
「御接待だよ。インスタントで悪いけど、どうぞ。」
きれいなカップに入ったコーヒーと共に黒糖かりんとうまで付けてだしてくれた。
ありがとうございます!
なんだかこんなさりげない御接待は、徳島の小松島市にある「うどん みぽりん」以来な気がする。
有難くコーヒーとかりんとう(美味!)をいただいた。
そして、お礼を言ってまた急勾配を下った。
お気持ちとお接待、本当にありがとうございました。
いつまでもお元気で頑張ってくださいね!

最近雨も多かったせいか、宿に泊まってばかりだった。
今日は天気も良いので、絶対に野宿しようと決めていた。
幸い地図にも東屋・トイレマークとその先に道の駅が示されていたので、どちらかにしようと決めていた。
少し早く切り上げることになりそうだが、この先は安芸市。
東屋も記されていないし、少しでも大きな町になると野宿は困難になるので、無難にこの辺で泊まろうと決めた。

海岸沿いにまた歩く。
しばらく行くと、大山岬へ迂回するルートとの分岐点が見えてきた。
地図によると、岬の方にトイレと東屋があるようだ。
岬をぐるっと回る道を歩いていくと、確かにトイレがあったが、東屋は見かけなかった。
もう少し進むと、崖を削ったような大きな洞窟が現れ、その中にカフェが建設されていた。
景色は良さそうだし確かに気になったが、無理やり自然造形の中にコンクリートでカフェを作っているという事が微妙なので、立ち寄りはしなかった。
更に進むと、浜千鳥公園が海岸沿いにあり、そこは水があったのでテントなら野宿は十分可能だと思った。
道の駅大山が野宿に適していなければ、戻ってこようと思い通り過ぎる。

道の駅大山は、小さな道の駅だった。
残念ながら豆腐、惣菜等置いていなかったので、今晩はカロリーメイトのお食事になりそうだ。
野宿候補場所としては、自動販売機近くに多くあるベンチだろうか。
だが道に面しているので、夜はかなりうるさそうだ…
しばらくベンチに座りぼーっとしていると、道の駅の下に漁港があり、その前に何やら島状の公園があった。
公園は2段構造になっており、上の段に水道と藤棚があり芝生があるようだった。
漁港から橋でつながっている。
あそこはどうだろう…
そう思い、荷物はベンチに置いたまま公園のほうへ歩いていった。

漁港から公園への橋を渡ると、河中公園と彫られた石が置いてあった。
しばらく整備されていないようで、いたるところ雑草に侵食されている。
海を覗き込むと、なんと沖縄に住んでいた頃いつも見ていたブルーダムゼルやテーブルサンゴが公園の壁にくっついていた!
すごい! 南国土佐!
感動しながら、芝生に向かって階段を登る。
まず水道を確認したが、残念ながら断水。
藤棚には、見事なアケビが実っていた。
015.jpg
藤棚奥の芝生で、十分テントを張れそうだ。
水とトイレは道の駅まで行けばいいか…と思い、今晩は公園泊に決めた。
荷物を取りに行くため、階段を降り橋を渡り、漁港へ戻る。

すると、一人のおじさんに出会った。
こんにちは、と声を掛けるととても温かい笑顔が返ってきた。
船の様子を見に来ているらしい。
先ほどからマガモが水の中を1羽だけ泳いでいたので、そのことについて尋ねてみた。
「あー、あれは羽が折れてしもうたかしてもう飛べんけん、この漁港のやつら全員で面倒みちゅーんよ。」
おー、憧れの土佐弁(合っているかは不明)。しかも優しい。
「朝と晩、誰かしらおるけんエサをやるんよ。」
おー、そうなのかー。
ゴソゴソ、と私が取り出したのは、お昼用グラノラ。
これもじゃあ食べてくれますか、と尋ねると、「うーん、どうだろう。あげてみなさい。」
やはりあまり食いつきがよくない。がっかり。
「事務所にエサ用のパンがあるから、持って来るわ。待っときなさい。」
と言ってエサを取に行ってくれた。
しばらくして片手にいっぱいのパン耳を持っておじさんが戻ってきた。
みんな交代で事務所のエサの補給をしていると言っていた。
パン耳パワーすごし。
バクバク食べていく。
016.jpg
マガモにエサをあげているおじさんの顔は、とても優しかった。
017.jpg
このカモも、こんな優しい人々が生活している場所でケガをして、不幸中の幸いだ。
おじさん、漁港のみなさん、優しさをありがとう。

すっかり印象が良くなった道の駅大山でテントに入る。
この頃には足のマメを毎晩治療しなくてもよくなっていた。
だんだん足の裏が分厚く堅くなってきた。
昼間のカモちゃんも、この公園をねぐらにしているらしい。
心の中で、カモにおやすみを言った。
星のシャンデリアと波の音を子守唄に、夜が更けていった。

14日目 歩行距離 約19km

10月7日(火)15日目 宿(国民宿舎海風荘)

道の駅大山前、河中公園での朝がきた。
周りの漁船のエンジン音が夜明け前から聞こえていた。
残念ながら、雲がどんよりと空を覆い、雨がパラパラと降っている。

急いでテントを回収し、道の駅の屋根があるベンチまで移動する。
そこでテントや寝袋を少し乾かし、ゆっくりと昨日買ったおにぎりの朝ごはんを食べた。
ポツポツと道を歩くお遍路さんの姿が見えてきた。
半乾きのテントをたたみ、雨の中出発するのが嫌で少しボケーッとしていると、一人のおじさんお遍路さんに声を掛けられた。
団魂退職組あたりであろうおじさんだ。
おじさんは、一人で今後土佐でまる民宿の話をしていた。
オススメの民宿を教えてくれるのは、大変ありがたかった。
しかしこの人は、私のテントや寝袋が見えないのだろうか、と思いながら適当に相槌を打っていた。
ようやく、「今晩はどこまで行くの?」と質問されたので、野宿の予定です、と答えた。
その時ようやく目の前にあるテントに気づいたらしく、「ああ、そうか。」と言って挨拶もそこそこに去っていった。

お遍路に出て、どうでもよいけど一つ感じたこと。
遍路をしている男の人達の中で、この世代での人達は、人の話を聞かない人が多かった。
目の前にあるものも、見えていない人が多かった。
ただ自分の話をするので一生懸命だった。
この人達は、何を誰に証明したいがために自分の話だけを語るのだろう。

話している相手の話を聞くのって大切だ、と本当に実感させてくれた。

この朝、遍路に出て初めて出発するのがおっくうになった。
雨の中、また濡れながら歩くのが嫌になった。
でもそんなことは言っていられない上、早く安芸市観光をしたいので、ポンチョをはおり出発する。
心優しい漁港のおじさん達と羽の折れたカモに幸せを祈り、道の駅からようやく一歩踏み出した。

安芸の町。
ここは、三菱財閥の祖・岩崎弥太郎の生まれ故郷であり、現在も生家が保存されている。
と言っても、その時点では岩崎弥太郎が三菱を作ったなんてことは、私は実は知らなかった。
お遍路に発ったきっかけの一つである坂本龍馬の幼少からの知り合いで、龍馬も訪れたその家を見たかっただけだ。
そしてもう一つ楽しみにしていたのは、安芸市内にある温泉。
今日は温泉に入って、安芸市内を観光しようと考えていた。
土居廊中、安芸城跡、野良時計、高園茶屋、そして弥太郎の家を見て回って、遅くなれば安芸の町はずれの東屋で宿泊しようと考えていた。
まず温泉に向かうため、遍路道から逸れて町中を歩く。
へんろみち保存協力会の地図では「ヘルストン温泉」としか表示されていなかったが、この温泉の正式名称は「ふれあいセンター元気風呂」といい、ヘルストン温泉の場所を聞いても地元の人は誰も知らなかった。
ようやくふれあいセンターまで辿りついたが、なんと温泉は定休日だった!!!
元気風呂は、火曜日は定休日です。
ああ、無情…
雨の中温泉に入れなかったことで、心が折れてしまった。
もう観光する気も失くしてしまって、先に進むことに決めた。
今晩は、芸西村の端にある東屋で宿泊だー!と決めて、安芸の町をさっさと後にしてしまった。

市街地を抜け、集落裏の堤防沿い道をてくてくと歩いていく。
左に広がる太平洋をみても、海と空の境界線があいまいで、灰色のぼんやりとしたグラデーションが広がっている。
しばらく歩くと、国道と堤防道の間のコンクリートの上に突然木で出来た東屋が生えていた。
中では5名ほどお遍路さんが休憩していた。
疲れていなかったので通り過ぎようと思ったが、人恋しさもあり立ち寄った。
こんにちはー、と挨拶をすると皆笑顔を返してくれた。
5人のうち3人はパーティーを組んでるらしく、その中の一人は京都龍谷大学で勤務している白人のおじさんだった。
3人とも明るくて、楽しいパーティーだった。
その中の一人のおじさんが、「買いすぎたから、これあげる。道中でつまみなさい。」と言って、トーハトオールレーズンを一袋くれた。
ありがとうございます。
このおおらかな3人組とは、またしばらく歩いた赤野の休憩所で一緒になった。
その時には、剥いた柿をご馳走になった。
本当にありがとうございました。
何かお礼をしたかったが、結局受け取ってもらえなかった。
3人と会ったのはそれが最後だったが、無事結願されたことをお祈りした。

赤野休憩所を過ぎると、安芸市から芸西村に入る遍路道を歩く。
この遍路道は町中を走る国道ではなく、海岸沿いにある土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の高架下にあるサイクリング道を通る。
雨だったからかも知れない。
安芸市で心が折れてしまっていたからかも知れない。
もし晴れで、安芸で温泉に入れていたら、全く違っていたかもしれない。

でも、私にとってここの遍路道は四国遍路道の中で、本当に最低の場所だった。
まず遍路道沿線にごみがすごい。
それもゴミ屋敷からあふれ出ている家庭ごみと、家具や壊れた電化製品の類。
それが1軒、2軒でなく、ずっと続く。
時たま出会う住民の方も、無愛想。
こんな小さな集落で、挨拶をして無視をされるなんて思わなかった。
だんだん不気味で、気持ちが悪くなった。
早く立ち去りたいと思い、早足でこの集落を抜けた。
薄暗い遍路道を歩いていると、今度はボロボロのカブにのったノーヘルのはげおじさんが、「背の高い男の人見かけなかった?」と聞いてきた。
その男が説明するような男の人は最近見かけていなかったので、知らない、と答えるとバイクでまた去っていった。

集落を抜けると、風景は松林に替わり海水健康プールや野外劇場のサインが見えた。
そこのトイレ横で休憩していると、今度はバックパックは持っていないが、白衣を着てニヤニヤしている男が近づいてきた。
顔に大きなほくろがある。
「野宿の女の子がいるって聞いてきたんだけど、泊まるとこ決まってるの~?」
私がそっけなく、ええ、と答えると、警戒をとくつもりか、「ボク、お遍路さん。」と言った。
確かに格好はお遍路さんなのだが、何か違う。
なんかとても嫌な雰囲気がした。
しかも、野宿の女の子がいるって聞いて来た、って明らかに変だ。
この男と関わるな、と脳が信号を出している。
「この先に泊まれる所があるけど、どう~?それと、背の高い男の人を見なかった?」
いえ、結構です、男の人も見ていません、と答えるとしばらくして去っていった。

その後今晩の食料を買うために、遍路道を少しだけそれた琴浜かっぱ市に寄った。
そこは、地産池消のお惣菜が豊富で、さつまいもの蒸しパン、ちらし寿司、ポテトサラダ、鯵のフライ、と沢山買ってしまった。
でもとても美味しそう!
今晩の夕食が楽しみだ。
さっきなんだか嫌な思いをしたけれど、なんとかなるさ、と思っていた。

また薄暗い遍路道に戻りしばらく歩いていると、何やら男が3人ほど道に立っている。
そのうちの一人は最初のノーヘルおやじ、一人がさっきのニヤニヤ男、3人目は白衣を着た若い男だ。
3人が立っている横には青いビニールシートで覆われたボロボロの掘っ立て小屋があり、ドアの前には「コンビに弁当は5時から半額セール」みたいなことがでかでかと書かれていた。
それは、ちょっとおもしろかった。
しかし、とにかくあのニヤニヤ男に関わりあいたくない、と思ったがここは一本道。
周りに人もいない。
挨拶だけさっとして通り過ぎようと思ったら、ノーヘルのはげおやじに案の定呼び止められた。
「今日泊まるとこ決めてるんか?」
今日は野宿にしようと思っていたが、ここで野宿だと言ってしまうと危険だと感じたので、近所の国民宿舎に泊まると嘘をついた。
「そんな所泊まらんでええ。ここに泊まっていけ。こいつ(若い男)ももう1週間くらいここにおるで。毛布もあるし、泊まっていけ。」
ニヤニヤ男も聞いてもいないのに、「ボクはずっと自転車で四国回っているんだけど、冬装備をここに置かしてもらってて、4日くらいここにいて出発するつもり。泊まっていったら?」
噂に聞いていたホームレス遍路との初遭遇だったみたいだ。
いえ、お風呂も入りたいし結構です、ありがとうございます、というが、更にはげおやじは強引に小屋に泊まっていけと言う。
そこにたまたま犬の散歩をしていた、これまた失礼な男が通りかかった。
はげおやじはそいつに恩があるらしく、ぺこぺこと頭を下げながら他の2人を紹介していた。
今がチャンス、とばかりに挨拶をして、その場を足早に去った。

すると、ニヤニヤ男が着いてきた!
「しばらく送っていくよ~。」
いや、結構です、と言っても着いてくる。
「女の子一人で危なくないの~?」
いや、危険は何となくわかるので大丈夫です。
「ボクのことは、信頼できる~?」
イヤ、絶対しないけど、はは、そうですね、と曖昧に答える。
「今度会ったら一緒にテント張ろうね~。また携帯番号教えてね~。」
心の中で絶対イヤです、と思いながら、はは、と愛想笑いだけを返した。
林が途切れる場所で、ようやく開放された。

国道に戻ることが、これだけうれしかったことは、遍路に出てまだなかった。
よかった、他の人がいる。
急に、今晩野宿するのが恐くなった。
すぐに軒下に入り、近くの国民宿舎に電話予約をした。
空き室があった。よかった。
今晩は安心して眠れそうだ。

国道沿いをしばらく歩くと建物前にきれいな遍路小屋が見えた。
ここにはお茶と冷水機があり、ありがたくお茶をいただいた。
毎度の事ながら、このような遍路小屋を管理し、その上にお接待のお茶やお菓子を置いてくだだる地元の方々には感謝してもしきれない。
本当にありがとうございます。合掌

しばらく止んでいた雨がまた降り出した。
ボーッと車のタイヤがはねる水と空からの雨を小屋の中から眺めていた。
すると、いきなり人影が小屋に飛び込んできた。
きゃっ!と驚いて声を上げると、「わっ!」と向こうも驚いていた。
優しい目をしたおじさんだった。
散歩中に雨に降られたらしい。
定年退職後生まれ故郷の高知に戻ってきて、毎日かなりの距離を散歩していらっしゃるらしい。
とても穏やかな方だった。
この先の赤岡町にすんでいらっしゃる、石○さんという。
私が芸西村のサイクリング遍路道で嫌な思いをしたことを告げると、
「あー、あそこの人は地元の人と仲が悪くて嫌われてるんだよ。寂しがりやだけど、地元の人達に相手をしてもらえないから、お遍路さんに相手をしてもらうみたいだね。」
石○さんは、遍路についても物凄く物知りだった。
ご自身でも車で何回か88ヶ所は巡っていらっしゃるし、登山もお好きらしい。
美味しいお饅頭の話や、これからの観光スポットなど、二人で1時間ほど話していたが、楽しくて本当にあっという間だった。
今晩私が国民宿舎に泊まる、と告げると、
「あー、あそこはここから普通に行くとものすごく遠回りなんだよね。近道を案内してあげるよ!」
とまで言ってくれた。

石○さんに連れられ、山道、あぜ道を登っていくとあっという間に国民宿舎に着いた。
明日の朝山を降りる近道まで教えていただき、「これからも道中気をつけてね!」と、石○さんは爽やかに去っていった。
本当にありがとうございました。

国民宿舎で温泉に入り、かっぱ市で大量に買ったお惣菜をいただいた。
四国遍路最悪の出会いと、数ある最高の中の一つの出会いがあった一日だった。
山もあれば谷もある。
遍路はまるで人生の縮図のようだ。
そして、人生もまたこれ遍路なり。

安心して寝れるかと思ったが、やはり芸西村での出来事は多少ショックだったらしい。
携帯に110番を1番に短縮登録してから眠りについた。

15日目 歩行距離 22.2km
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