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私個人の遍路旅の基本マナー

発心の動機は何であれ、遍路とはものすごく個人的な旅だと思う。
でも、どの旅でもいえることではあるが、その土地で日常生活を営んでいる人が沢山いる中にお邪魔している、という感覚を忘れたくないと思っていた。

以下が私が行っていた基本のマナー。

1.ゴミは絶対にポイ捨てしない。
 これは、別に旅でなくても常識の範囲だと思う。悲しいことに、その常識が守れない人が多く存在することに、唖然とする。車で回る遍路さんが目の前で窓から捨てていったとかいう話は良く聞いた。明らかに地元の人が捨てているだろう、これ、というようなゴミも、ほとんど全域で目立つ。
 ぶっちゃけ、私が出会った歩き遍路さんで、ゴミのポイ捨てをするような人は一人もいなかった。でも、「嘆きの遍路みち」と題された新聞記事を、遍路小屋などでよく見かけた。この記事に対しては、歩き遍路だけのゴミじゃないものも多く含まれている気がしたが、実際に遍路しか通らないような山の中でもゴミが落ちていたから、やはり歩き遍路でもポイ捨てする輩がいるからなのだろう。現代遍路の大問題である職業遍路は、ゴミはポイ捨て、置き去りにしても、基本面倒くさい山道なんてもう通らないから、山道のゴミはやはり普通の歩き遍路の仕業としか思えない。
 ゴミは、生ゴミも含め必ずビニールに入れて、面倒くさいけど、荷物が1gでも増えるのは嫌だけど、次のゴミ箱まで持っていく!これは、基本中の基本でした。私は、ビニールをバックパックの手の届くところに、次のゴミ箱が見つかるまで解きやすいようにしっかり結びつけていました。こうすると、そんなに苦でもなかった。

2.十善戒をできるだけ守る。
 十善戒とは、
  1.不殺生(ふせっしょう): 殺生しない(肉を食べないことも含まれる)
  2.不偸盗(ふちゅうとう): 盗みをしない
  3.不邪淫(ふじゃいん): 邪淫(エッチなこと)をしない
  4.不妄語(ふもうご): 嘘を言わない
  5.不綺語(ふきご): おべっかを言わない
  6.不悪口(ふあく): 悪口を言わない
  7.不両舌(ふりょうぜつ): 二枚舌を使わない
  8.不慳貪(ふけんどん): 貪らない
  9.不瞋恚(ふしんに): 怒らない
 10.不邪見(ふじゃけん): 邪な考えを起こさない
のことである。遍路だけではなく、私のおばあちゃんの話では、真言宗では日常の教えらしい。

3.肉を食べない。お酒を飲まない。
 不殺生の観点からも、とりあえずお肉は牛・豚・鳥・いのししなどどれも食べない。魚も、と言いたいところだが、四国遍路最中にそれをやるとうどんすら食べられないので、食べられるものが無くなってしまう。よって、旅の間は肉食のみ禁止。お酒は、一応この遍路は修行の旅でもあったので、禁止。

4.使わせてもらった施設は、来たときよりも美しく。
 大師堂を使わせてもらった次の日は、出る前に必ず掃除をした。次に利用するお遍路さんのため、そこを利用する地元の方々のために、自分が利用した状態と同じか、それよりきれいに利用したかった。本当の純粋な善意で泊めてもらった場所。これからもその場所も、そこをボランティアで管理してくれている人々の心も大切にしていきたいと思った。
 基本テント泊のときは、テントで潰れた草以外は残さない。その他の野宿のときは、糸くず一つ残さないで出発することを基本としていた。

5.出会う人には、基本挨拶をする。
 社会の基本!でも悲しいことに、都会や、中途半端な町では挨拶をしても無視されることが多かった。いい年をした大人でも無視していく。こりゃ子供も挨拶しなくなるよなー、と思った。だが、田舎のほうでは、向こうから挨拶をしてきてくれることも多かった。やっぱり挨拶一つで、気持ちはよくなるので、無視をされてもできるときはやろうと心に決めていた。

6.宿に泊まる場合の予約は、最低でもその日のお昼くらいにはする。
 宿によっては、前日までにお願いしたい、ってところもあるけれど、歩き遍路にはそれは未知数との戦いでもあるので、慣れない最初のうちはやらないほうがいいと思う。その日のお昼、最低でも2時までには連絡をしようと決めていた。一回だけ、夕方になって気持ちが折れてお宿に無理言って直前に電話して泊めていただいたことがあったが、申し訳なくて二度としたくないと思った。

6.感謝の気持ちを忘れない。
 「人へ施した恩は水に流し、人から受けた恩は石にしっかり刻んで忘れない」というような遍路札をいくつも見た。本当にそのとおりだと思った。
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遍路の基本マナー

遍路としての基本マナーなんて特殊なものもあります。

1.橋の上では杖はつかない。
 これは、十夜が橋の橋下でお大師さまが野宿され一晩を明かしたことから、今でも橋の下にはお大師さまが休んでいると言われているため。はい、現実的に考えると、馬鹿馬鹿しいです。でも、伝統の一部です。私は、これを行うことで、自分が遍路なんだという自覚が生まれました。そのうち、お杖さんを持っていないときでも、橋を渡るときには自動的に構える癖までついてしまいました。

2.お接待はできるだけ断らず、感謝の気持ちを大にして受けとる。
 有難すぎて、受け取りにくいお接待もありました。でも、お接待は地元の方々の先祖供養の一部でもあります。お接待を受け取った方々全ての気持ちと共に、四国を遍路していくような気持ちで受け取らせていただきましょう。

3.お接待を受けた方には、自分の納め札をお渡しする。
 お接待をよくされる方々は、納め札だらけになります。「処理に困ってしまう」などというお接待をされる方の話を聞いた、などと聞きくこともありましたが、ほとんどの方は大切に受け取ってくださいました。ぺらぺらの白いお札でも、全部大切に壁に飾ってくれている方々も沢山いらっしゃいました。錦のお札でないといらない、なんて言うのは聞いたことがありません。白くても、気持ちが大切です。お札を渡すということは、その方の代わりとなってお遍路さんが四国を巡礼することの表れですから。

基本用語 ‐全般編‐

遍路には、独特の言葉がある。
遍路として歩いているうちに自然と覚えるものではあるけれども、事前にある程度は学習していったほうが、良いこともあると思った。

お四国さん(おしこくさん):
お遍路さんと同義語。四国88ヶ所巡礼者のこと。

お大師さま(おだいしさま): 
讃岐善通寺付近で生まれ、42歳のときに、民衆を救うために四国88ヶ所霊場を開いた空海(弘法大師)のこと。彼自身も、20代の時に修験で四国を巡っている。

同行二人(どうぎょうににん): 
遍路の道のりは、常にお大師様と一緒に歩いているものとされ、一人で歩いていてもお大師様との「同行二人」とされている。

お杖さん(おつえさん):
金剛杖にはお大師さまが宿り、それと共に同行二人していることになるので、親しみをこめてお杖さんと呼ぶ。お杖さんは、私の良き相棒でした。寝るときもテントに入れて、宿でも必ず洗って拭いて同じ部屋で寝ていました。お杖さんと一緒だと思うと、山道も全く恐いと思わなかった。

お接待(おせったい):
四国では、大師信仰の信者代表である歩き遍路に施しをすると、自分の先祖供養につながるという考えが古くから根付いており、歩いていると本当に様々な方々からお接待を受ける。休憩施設の提供であったり、お茶や飲み物の提供であったり、形は様々だが、四国の方々の優しさには、時に本当に涙が出た。

納め札(おさめふだ):
各札所で納める札。お接待をしていただいた場合にも、四国遍路をあなたに代わってさせていただきます、という意味もこめてお渡しする。遍路同士では、名刺代わりに交換する。最近は、住所を全部書かないお遍路さんが増えているが、知り合った良い仲間や地元の方々とは、後でお礼状交換をしたり、交流をするために全部住所を私は自己判断で書く場合もあった。実際に、全部住所を書いておけばよかった、と後悔したことも何度かあった。

札所(ふだしょ): 
各霊場それぞれにお札を納めることから、88ヶ所のお寺全てが札所と呼ばれている。

打つ(うつ):
札所を参拝すること。紙が日常的なものになる前までは、遍路は木の札を実際に打ちつけていたので、現在も「札所を打つ」というように使われている。

順打ち(じゅんうち)・逆打ち(ぎゃくうち):
札所を打つ順番。番号の順番どおり、1→88まで打つことを、順打ち、88→1へと打つことを逆打ちという。巡礼の順序やスタート地点も関係ない。

通し打ち(とおしうち)・区切り打ち(くぎりうち)・一国参り(いっこくまいり):
1→88まで(順番や方向は関係ない)一回で全て打つことを通し打ち、何回かの旅に分けて打つことを区切り打ちという。また、四国のうち一国(一県)だけお参りすることを一国参りという。

打戻り(うちもどり):
一度通った道を戻って次の札所に行くこと。

先達(せんだつ):
遍路を何度も繰り返している遍路の先輩のような人々。特に四国88ヶ所霊場会に公認されて「公認先達」になると、ツアーガイドなどとしても正式に働けるみたいだが、そうなるにはもちろん経験と純粋さだけではなれないらしい。

道場(どうじょう):
四国遍路1200キロの道程は、いつ頃からか知らないが、4つの道場に称されている。
   阿波(現徳島県)は、発心(ほっしん:遍路巡拝を決意すること)の道場
   土佐(現高知県)は、修行(しゅぎょう)の道場
   伊予(現愛媛県)は、菩提(ぼだい:煩悩を滅すること)の道場
   讃岐(現香川県)は、涅槃(ねはん:悟りを開くこと)の道場
 (この道場名の由来などご存知の方がもしいらっしゃいましたら、教えていただけませんか。お願いします。)

遍路小屋(へんろごや):
建築家、歌 洋一さんが発起し、地元の方々の土地や資材の提供、ボランティアによる清掃・管理により遍路に開放されている休憩所や、それ以外の地元の方たちのご好意によって建設・管理された休憩所。宿泊できる場所やトイレが提供されているも多く、野宿遍路には本当に本当に有難い小屋。ただし、小屋と言っても、全てが壁に覆われているわけではない。屋根と目隠しがあるくらいの場所がほとんどだが、有難い施設。

大師堂(だいしどう・たいしどう):
弘法大師(様々な形の大師がいる)を祭っているお堂のこと。その中でも、大師信仰の表れとしてその信者であるお遍路さんを無料で泊めてくれる大きな大師堂がいくつかある。マナーの悪い遍路のせいで、近年はだんだん数を減らしているようだ。お堂の管理者への連絡が事前に必要な場所もある。

通夜堂(つやどう):
お寺の中にあり、遍路のために無料で開放されている宿泊施設。ただし、88ヶ所霊場内では、数は決して多くない。番外霊場や全く霊場会に関係のないお寺が提供している場合もある。各お寺の納経所でお願いすれば、泊めてもらえる。お寺によっては、門限や制限が厳しいところもある。

善根宿(ぜんこんやど):
地元の方たちのお接待の一環として、無料で遍路に提供されている屋根と壁がある施設。無料とはいえ、その施設をボランティアで管理してくれている方に事前の電話連絡は必須。

托鉢(たくはつ):
お寺の前に立って(本来は民家一件一件回っていたらしい)、お経を上げる代わりにお布施としてお接待を受け取ること。信者に施しをさせる機会を与えることで功徳を積ませることは、修験者が行える最大の功徳であるという考えから、昔は遍路修行の中に組み込まれていた修行法。職業遍路(托鉢を修行のためでなく職業として行っているため、こう呼ばれている)の中にはお経さえ読まずにただ立っている人や座っている人もいる。

基本用語とマナー ‐参拝編‐

さて、巡拝マナーと参拝用語。
基本的に遍路は靴を脱がない限り、参拝中でも菅笠を撮とる必要はないとされている。

‐参拝(お勤め)順番‐

1.山門で一礼。
2.手水場で尺に水を汲み、左手、右手、左手に注いだ水で口をゆすぎ、最後に尺を手前に傾けて柄を清める。
3.鐘楼堂で鐘を突けるところは、1回だけゴーンとつく。
4.本堂でろうそくと線香3本をあげる。(必ず備え付けまたは持参のライターでつけること。既に備えてあるろうそくからもらい火をするのは禁物。)
5.鰐口があれば、1回鳴らす。
6.納め札を納札入れに納める。
7.お賽銭を入れる。(投げ入れるのではなく、あくまで受け取ってもらうように。)
8.読経(これは様々だけれど、私は般若心経1回、ご本尊の真言3回、光明真言3回、南無大師遍照金剛3回唱えるのみ。)
9.一礼
10.大師堂で4~9を繰り返す。
11.納経、御影(みえい)をもらう人はもらう。
12.山門を出る際に、合掌一礼。

私があくまで最終的にマナーとして行ったのは以上ですが、読経なんて長い人は長い。自分のペースで自分の目的に沿った参拝方法でよいのではないでしょうか。感謝の心さえ忘れなければ、それでよいと思っています。

‐参拝用語‐

発心(ほっしん): 
遍路へ出る決意をすること。

発願寺(はっがんじ‐私はずっとほつがんじだと思っていました…):
遍路を始めるお寺。ほとんどのお遍路さんは、1番札所の霊山寺が、発願寺になる。

結願(けちがん):
88ヶ所全てを回り終えること。同様に、88ヶ所全てを参り終えるお寺を結願寺(けちがんんじ)という。

お礼参り(おれいまいり):
高野山の奥の院に、(及び余裕のある人は、発願寺へ)安全な旅のお礼を言いに参ること。

満願(まんがん):
88ヶ所と高野山へのお礼参りを済ますこと。

番外霊場(ばんがいれいじょう):
88ヶ所霊場以外の、お大師さまにゆかりのあるお寺や神社など。四国には、20箇所ある。聞いたことろでは、納経所で念珠の珠をもらうことができ、それを20個集めてお念珠を作ることで、ご利益があるとされている。

功徳(くどく):
仏教における良い行い。遍路や札所でのお勤めも功徳。

真言(しんごん):
密教経典に由来する、古代インド語(サンスクリット語)で説かれた仏の言葉。

‐巡礼装備用語‐
装備のカテゴリーでも紹介しているけれど、読み方もきちんと知っているほうがいいかな、と思って。

白衣(びゃくえ):
「南無大師遍照金剛 同行二人」と背中にかかれた袖があるタイプの白いはおり。これを「はくい」と言っている人に出会ったけど、「はくい」ではないようです。中世のお遍路さんにとっては、遍路旅は今よりも何十倍も辛く厳しいものだったようで、いつ倒れてもよいようにつねに白装束でした。その名残というか、今でも死装束の代わりです。

笈づる(おいづる):
上記白衣の袖が無いもの。私はこれを使用。晩秋の野宿の場合は、昼間にかいた汗で塗れた白衣が次の朝になっても乾いていないことが多かった。袖があると更に乾きにくいし、朝袖を通したとき「冷たくて気持ち悪い」と出会った野宿遍路の男の子も言っていた。

金剛杖(こんごうづえ):
遍路の相棒、お杖さん。中世のお遍路さんにとっては、いつ倒れてもそこが墓場になるように、卒塔婆(そとば)の形をしています。杖の上部には五輪の塔が掘り込まれており、ここは仏を表すので直に握ってはいけないことになっています。だから、みなさんカバーしています。歩いていると、ここが破れることがあるので、装備編でふれているように、ロープでグリップを作っておくと、大変便利です。大切な相棒だけど、置き忘れます。何度取りに戻ったか、数え切れません…

輪袈裟(わげさ):
お参りの正装とされている、首からかける袈裟。私は最初これをしていなかった。でも、やっぱりお遍路しての自覚ができてくるにつれて、地元の方々の気持ちを背負って歩くのに、正装をしていないことがおかしく感じ、伊予で購入。(どんだけ遅いねん!)

お念珠(おねんじゅ):
数珠のこと。読経をする前に、3回こすって音を出すことになっている。私は、持っていませんでした。でも、伊予で出会ったある行者さんから、大切なお念珠をいただき、それからは毎日つけさせてもらっていました。

山谷袋(さんやぶくろ)・頭陀袋(ずだぶくろ):
首から提げる「奉納 同行二人 大日如来の梵字」などがかかれた白い袋。私はウエストポーチ代わりに毎日下げていました。

このブログ用の用語

遍路には直接関係ないが、野宿施設を語る上で、私が使う言葉の違いを掲載しておく。

東屋(あずまや):
公園や休憩所に設置されている、屋根とベンチ、そしてベンチの背もたれくらいの高さの壁のみがある施設。

遍路小屋(へんろごや):
東屋よりも壁が高く、3方ほど壁に完全に覆われている小屋もある。トイレが提供されているもある。ただし、「宿泊お断り」の遍路小屋もいくつか見たので、注意が必要。ここでは、宿泊お断りだった小屋も紹介するので、計画を立てるのに役立ててください。

大師堂(たいしどう):
弘法大師(様々な形の大師がいる)を祭っているお堂で、お遍路さんを無料で泊めてくれる大きな大師堂がいくつかある。トイレ有の場所が多い。

通夜堂(つやどう):
お寺の中にあり、遍路のために無料で開放されている宿泊施設。屋根、壁、畳、水、トイレ有、と有難い。愛媛今治の58番札所仙遊寺では、なんとお風呂にまで入らせてくれる。

善根宿(ぜんこんやど):
地元の方たちのお接待の一環として、無料で遍路に提供されている屋根と壁がある施設。無料とはいえ、その施設をボランティアで管理してくれている方に事前の電話連絡は必須の場所もある。
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