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9月23日(火) 出発の日 野宿 (上板町の遍路小屋)

装備もできた。
準備もできた。
いよいよ出発。

前日に、あらかじめバスの出発時間を決めた。
朝9時くらいに出れば、11時には鳴門駅に着いて1番札所霊山寺に一番近い駅坂東駅行きの電車に乗り、お昼には遅くても遍路を始められるだろう、と計画した。

23日朝。
車で神戸・三宮のバスターミナルまで送ってもらった。
しばらくピロキさんにもネコ息子たちにも会えないのは寂しかったが、期待で心がいっぱいだった。
9時10分出発のバスのチケットを買い、バスに乗った。
外は、青空と太陽がまぶしい、まだ暑さが残る美しい初秋だった。

阪神高速を抜け、美しい明石海峡を抜け、淡路島から鳴門大橋を渡り、目的地の高速鳴門には1時間ちょっとで到着した。
まずは足慣らし、と高速鳴門のバスターミナルから鳴門駅まで歩く。

四国は、田舎。わかっている。でもいくら田舎でも、観光地だし、15分に1本くらい電車は出ているだろう。大丈夫、大丈夫。
そう思い、10時45分くらいに駅舎に入る。
板東駅、と…よし、ここか。乗り換えが必要なのかな?
時刻表は、っと…

え?
えええええええええええええ!?
次発12時01分!???

甘かった…アメリカのバースデーケーキなんかよりもべたべたに甘かった。
15分に1本どころか、11時台は1時間に1本も電車が無いぃぃぃぃぃぃっ!

出鼻から挫かれた。
どうしよ、予定がめっちゃ狂う…と、うなだれながらも一応、窓口のおねえさんから切符一枚購入。
外にでて、路線バスもチェックしてみる。

路線バス乗り場には、いろんなバスが乗り入れるらしく、おじいちゃんおばあちゃんで溢れていた。
そこで路線図と時刻表を探していると、大きなバックパックに菅笠をつけている私の姿を見たおじいちゃんが、

「お遍路さんか~?」

と声をかけてくれた。
電車が12時過ぎまで無いことなどを説明すると、
「バスの方が早いよ。ここで待って、大麻行きに乗ったらええ。」
と親切に教えてくれた。
(それにしても、すごい名前だ…昔は栽培してたんだろうな。)

記念すべき四国お接待第一号。
ありがとう、おじいちゃん。

それから、電車の切符を払い戻し、おじいちゃんの横に座ってお話をさせてもらった。
会話のほとんどは、
「一番へは、大麻行きに乗ったらええ。うんうん。」
で構成されていたが、有難かった。
おじいちゃんは、大麻に行くのではなく、他に向かうのでしばらくして到着したバスに乗り込んでいった。
乗り込む間も、
「ここで待っとたらええからな~」
と繰り返してくれた。
ありがとう、おじいちゃん。ちゃんと待ってるから、大丈夫だよ~。お元気で~!

しばらくすると、中国人らしい女の子が2人、バス停で路線図を探し始めた。
話を聞くと、観光で鳴門の渦を見に来たらしい。地元民でもないが、
「鳴門公園行きのバスに乗ったらええ。うんうん。」
と教えてあげて、バスが到着したときにも知らせてあげたら喜んでくれた。(ちゃんと地元の人にも確認したから、大丈夫、なはず…)
渦潮は、見れる時間が限られている。きちんと調べてきてないみたいだったので心配だったが、観光の女神さまが微笑んでくれるかもしれないことを祈り、見送った。
中国と日本は、政府仲も報道上の国民感情も良くない。その中でも日本に観光に来てくれる人達に温かい経験をしてもらうことが、大切なんだろうなー、と勝手に納得して彼女たちの旅の安全を願った。

次に声をかけてくれたのは、白髪のやさしそうなおばあちゃん。
一番札所に行くことを見越して、
「大麻までだったら、私と同じバスだから、一緒に乗っていきましょう。」
と言ってくれた。
12時近くにようやくバスが到着し、おばあさんと一緒に乗り込む。
荷物が大きいのが他のおばあさんたちに申し訳なかった。

「この路線はね~、老人はただで乗れるのよ。だから、普段はガラガラで、老人しか乗ってないわ。」
や、
「お遍路、頑張ってね。」
などという温かいお言葉をいただきながら、おばあさんと一緒に大麻方面へ向かった。
おばあちゃんは、私の降りる停留所より一つ前の停留所で降りていった。
「次の停留所を降りたら、真直ぐ進めば霊山寺が見えるから、頑張ってね。」
という温かい言葉を残してお別れをした。
おばあちゃん、言葉とやさしさのお接待どうもありがとう。元気で長生きしてね。

1番札所 霊山寺

お遍路の1番札所だし、さぞかし賑やかなのかと思えば、なんのことはない普通のお寺だった。
遍路当初は、本当に観光兼修行のような気分できていたため、山門で一礼、手と口を清め、本堂にろうそく、線香、納め札と5円のお賽銭を納めた後、「宜しくお願いします」と、手を合わしただけ。
大師堂には見向きもしなかった。
納経もしない。
遍路道具も全て揃えてあったので、寺の中の巡礼用品店にも、門前の巡礼用品店にも寄らず、速攻で2番へ向かう。

2番札所 極楽寺 1.4km

はっきり言ってお寺の形すら覚えていない。
1番と同じように、参拝をさっさとすました。
ただ、ここからご本尊へは、「私のおばあちゃんの顔に笑顔がいつも灯っていますように」とお願いすることにした。
今年(2008年に)86歳になった私のおばあちゃんは、数年前に脳卒中を起こし、体の左半身が麻痺してしまった。
それを、びっこを引きながらでも自分一人で歩けるまでにリハビリなどで努力し自力で回復させた。
それを完全に治してくれ、なんて祈ったらいくら仏様でも困るだろうし、きちんとした参拝マナーも踏んでいない私にはあまりにおこがましい願いなので、四国遍路の願は、彼女の心の安らぎを祈ることにした。

2番から3番へ向かう途中、ずっと集落内を通った。
道中、電柱やミラーの柱などにへんろ道しるべの赤いやじるしがいっぱい貼ってあった。
へんろみち保存協力会の立て札も至る所にあったので、迷う心配はなかった。
へんろみち保存協力会の皆さん、地元のみなさん、ありがとうございます!

途中で、ライターを買うことを思いつき、集落内にあるたばこ屋さんに入った。
誰もいないカウンターに向かい、「すみませーん」というと、中からお店のおとうさんが出てきた。
「すみません。ライターを一つ買いたいのですが。」
と言うと、
「はい、どうぞ。お代はいいから。」
と、ライターを一つ渡してくれた。
「あ、でも・・・」という私に、
「いいから、いいから。気をつけてね。」
とライターを渡してくれた。
わざわざ店の奥から出てきてくれて、代金も取らずに、ライターをお接待してくれた。

これが、四国のお接待なのか…すごい…

おとうさん、ありがとうございました!

たばこ屋にお礼を言ってしばらくまた集落内を歩くと、初の本格的な「へんろみち」なるものにようやく遭遇。
田んぼの狭いあぜを通り、民家の庭だかなんだか分からないところを抜け、3番札所に到着した。
そのへんろみちにも、それが現在でもそのような形で残っていることにも感動した。

四国ってすごい…

3番札所 金泉寺 2.6km

ここのお寺もあんまり覚えてない。
へんろみちの印象のほうが、強い。
同じようにさっさとお参りして、次へ。

3番から4番へ向かう途中からは、土のへんろみちに替わる。
ちょっと山道をあるいているみたいで、うれしくなった。
その途中に、寂れたお堂があり、その軒下に「遍路調査のお願い」みたいな紙が置いてあった。
そこには、各自の年齢や遍路の方法、回数等を書く欄があり、お遍路さんの実態を調査しているみたいだった。
そこで、私より2日ほど前にそこを通過している歩きの80歳のおじいさんの記入をみた。
80歳で歩き遍路って、すごっ!頑張ってください。

4番札所 大日寺 5.0km
うーん…このお寺もあんまり記憶にないので、次。

4番から5番へ向かう途中に、番外霊場五百羅漢がある。
そのちょっと手前に、寂れたお寺のようなものがあり、そこで小僧さんのような人達2人が働いていた。
「こんにちは~」
と言って通り過ぎようとすると、
「歩き遍路さん?野宿なの?それだったら、県道沿いに泊めてくれるところがあるから、行ってみたら?」
と教えてくれた。(銀マットを外付けしているので、野宿だとすぐにばれる。)
そろそろ夕方だし、よかった、と思いお礼を言ってお別れした。

そしてすぐに、石仏が立ち並ぶ五百羅漢に到着した。
そこには黒くてかわいいわんちゃんが1匹いて、よしよしさせてもらった。
首輪をしてなかった。
えさを持ち歩いていなかったことを悔やんだ。
元気で生きろよ!と祈ることしかできず、悲しくなった。

5番札所 地蔵寺 2.0km

情けないが、初日でそろそろ疲れてきた。
よっこらしょ、っと手水場の横に重い荷物を置いたとたん、おばさんに声をかけられた。
「歩き遍路さん?まあ、野宿なの?えらいわねー。」
そして、1000円札を一枚渡してくれ、
「これでのどを癒して。」
と言われた。
お饅頭やドリンクのお接待は聞いていたけど、現金のお接待なんて!まさかあるとは思っていなかった。
「え!そんなの受け取れません!」
と言ってしまった。
それでも、
「のどでも癒して。私のご先祖様のお墓がここにあるのよ。だから、こうして出会う歩きのお遍路さんに、時々渡しているの。」
とのこと。
そこで、有難く受けとらせてもらった。
お礼を言うと、おばさんはお墓参りに五百羅漢のほうへ静かに戻っていった。
姿が見えなくなるまで、目を逸らせなかった。
おばさん、ありがとう。おばさんの気持ちと一緒にこれからの道のりを歩ませていただきます、と初めて心に誓った。
この時いただいた1000円は、募金でもしようと思って財布の別のポケットに入れた。

5番を終え、集落内をまた歩き始める。
そろそろ今晩の寝る場所を探さないと、と思い、先ほど小僧さんに聞いた場所を尋ねようと県道に出てみた。
県道沿いをちょっと歩くと、「お遍路さんお接待所」とかかれたカフェのようなところがあった。
そこでは、外のテーブルにお茶が置いてあり、「どうぞ中で携帯の充電もしてください」とも書いてあった。
有難い。とりあえずお茶を1杯いただいた。冷たくておいしかった。
でも、中は休業日で閉まっていた。
そこが、先ほどの教えてもらった宿泊場所だと勘違いし、休業日なのでしょうがない…と、もとの遍路道へ戻ってしまった。(後ほど「野宿リスト」を見せてもらったところ、木工所だかの社長さんが、事務所の2階を善根宿として提供されているとのことだった。だから、このお接待カフェ/ギャラリーは別物ということになる。)

また集落をしばらく歩いているうちに、日も大分落ちてきた。
足も疲れてきた。
ちょうど右手に八坂神社があり、鳥居のすぐ横に石のベンチがあった。
その頃はまだ神社の境内で寝る度胸がなかったから、最悪そこで寝ればいいや、と思いしばらく日が暮れるのを待っていた。
そこに、スクーターに乗ったおじいさんがやってきた。
私の姿を見ると、スクーターを止めて、話かけてきてくれた。

「歩きのお遍路さんか?今晩泊まる所決まってるんか?」

私が、野宿をしてて決まってないから、この石の上で寝かせてもらおうと思っています、と言うと、
「そんなん危ないから、やめときなさい。県道沿いに泊めてくれる所があるんじゃけど、そこは男も一緒くたじゃけん、勧められんのー。うちにでも泊めてやりたいんじゃが… ここから橋を2個渡った大きな川のそばに、遍路小屋があるから、そこまで行きなさい。以前も女の子がおって、同じようにここで寝るって言ったけん、そこを紹介したことがある。」
と言ってくれた。

「ありがとう、おじいさん!」とお礼を言って、夕暮れの中、その遍路小屋に向かった。

宮ヶ谷川に掛かる泉谷橋を渡ったすぐ右手にそれは建っていた。
地元住民のご好意によって建設され、掃除などの管理がされている小屋だった。
そこには、2日目の行程を詳しく記してある「昔からの歩き遍路地図 最後まで残った空海の道」という地元編纂の地図も置いてあり、有難く1部いただいた。
「大衆遺産(だったと思う…)」というタイトルで、遍路のポスターが貼られてあったが、モデルは金髪の白人女性だった。
「なんでやねん!」と心の中でつっこみつつも、その写真から正しい菅笠の紐のつけ方を学んだ。どうやら私は、準備段階で正しくヒモをつけきれていなかったらしい。どうりで笠がしっくりこないはずだ…
そんなこんなで、そこで日が暮れるのを待っていると、おばさんが一人やってきた。
「あら、お遍路さん?もうすぐ暗くなるけど、今日はどこまで?泊まる所は、決まってるの?」
と声をかけてくれた。
野宿なので、この小屋に泊めていただこうと思っているが、よいだろうか、と聞くと、
「それはいいけど、大丈夫?お手洗いも水もないのよ、ここ。」
大丈夫です~と言うと、「そう?じゃあ気をつけてね。」と言って、小屋の周りと中にある落ち葉を履いて帰っていかれた。
しばらくすると、また戻ってきて、
「地区で管理している水道があるから、そこで水を使いなさい。」
と言って、蛇口の栓を渡してくれ、水道の場所まで案内してくれた。
その上に、「これ作ったから食べなさい。」と言ってよもぎまんじゅうを2個渡してくれた。

たかが遍路というだけで、赤の他人にどうしてここまで優しくしてくれるのだろう…

有難くてありがたくて、かえって申し訳なくなってしまった。
でも、お陰さまでさっぱり顔も洗えて、備え付けの座布団を並べその上に銀マットを敷き、寝袋で床についた。
しばらくすると、またスクーターの音が聞こえて、小屋の前で止まった。
さっきとは別のおじいさんが小屋に入ってきた。
「歩き遍路さんか?ここに泊まるんか!すごいなー。」
と言って、話を始めた。

彼は、10番札所近辺に住んでいて、以前から自宅を善根宿としてお遍路さんを泊めていたらしい。
数年前だかに妻に逃げられ、それ以来お遍路さんの話相手をしていないと、気が済まない…などということを永遠としゃべっていた。
「遍路の間では、「野宿リスト」っちゅーもんがあるうんやで、知ってるか?持ってるか?もらわんかったんか?」
「この辺の野宿場所は、全部把握してる。知りたいか?」
「こんな所で寝んと、家に泊まりに来い。」
などと、有難くもあるが、彼の独特の押し付けがましさのようなものに警戒してしまった上に、本当に疲れていて眠かったので、全ての申し出を断ってしまった。
悪い人では決してないのだろう。お接待に添えず、すみませんでした。でも、あまりのあくの強さに、参ってしまいました。
2時間後くらいに、もう眠いというようなことを言って、ようやく開放してもらった。

…が、暑くて寝れない。寝袋のジッパーを全開にして毛布のようにしたらようやく寝付けそうになった。
…でも、車がけっこう通り、ヘッドライトがもろに小屋の中に入ってきて眩しい。しかも、顔は普通の雑種なのにコーギーみたいに短足な野良犬が、2匹も外をシャカシャカ走り回っていた。小屋の中には一切入ってこなかったし、覘きもしなかったけど、あまりに機械的でちょっと不気味で全然寝れない。そして、夜明け前には雨が降ってきた。

こうして記念すべき遍路第1日目の夜は更けた。

1日目 歩行距離 約8.5km
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