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9月29日(月) 7日目 宿 (ホテルわしの里)

よってね市の遍路小屋は、県道に面しているだけあって車がうるさかった。
この頃から真剣に耳栓を購入することを考え始めた。
でも、耳栓をして寝てしまうことにまだ不安はある。
寝る際にはアーミーナイフを常に手の届く場所に置いているが、やはり一人で野宿は心細いときもある。

また、この小屋は屋根が比較的高く壁が低いので、夜間から降ると言われていた雨が入ってくる心配もあった。
だが夜明け前に雨にはならず、出発前になってようやく雨がポツポツ降ってきた。
今日もお世話になった小屋とトイレ施設に一礼して出発。

今日は一日山。
四国遍路第2第3の難所と言われている鶴林寺と太龍寺である。
小雨振る中、県道を林道に入り、そこから山道へと進んでいく。

雨はしとしとと降り続く。
山の中では木が雨をある程度ふせいでくれるので、雨水でそんなに濡れることはない。
ただ、私が持っていった陸上自衛隊のポンチョの通気性は最悪だった。
雨で外側が湿るのは当たり前だが、これは中の汗を全く外に出さないので山道を登ってしばらくすると、中も同様にびちょびちょになる。

こんなポンチョで日本は若者に雨の中人を救え、戦えと言っているのか…
戦意喪失どころの話ではないな…
在日米軍軍人とその扶養家族全員には家・電気・水・ガス・福利厚生を全て無料で与え、基地の家や施設を建設し、日本国民に何十億という税金の負担をさせ、自国の自衛隊にはナイロンシートで雨の中内外濡れそぼって人命救助をしろ、命令があれば戦え、と…
米軍のゴアテックス性雨具とは通気性も性能も雲泥の差があるポンチョである。
戦後60年が過ぎ、日本の軍隊は名前とその違憲性以外に何が変わったのだろう。
山を登りながら、この国の行く先を憂いてしまった。

そんな暗い心と裏腹に、山の中は美しかった。
しっとりと雨に濡れた杉の木々、落ち葉や枯れ草。
時々聞こえる野鳥の声。
ここでも他のお遍路さんとあまり出会わなかったので、静かだ。

20番札所 鶴林寺 13.1km
登りは確かにしんどかったが、鶴に見守られ一礼をして山門をくぐったときには達成感がある。
雨が降り続いており、歩きの参拝者さんたちと軒下で「大変ですねー」などとお互いをねぎらった。
その軒下で休憩をした後、第3の難所、太龍寺へと山道を下っていった。

そう、ここは山を2つ越えるルートになっている。
一度鶴林寺に向け標高500mまで登ったのに、40mまで降りてから太龍寺の520mまで再度登り直さなければいけない。
12番焼山寺ではもっと高低差の大きい山を2つ越えて行ったため、堂々の遍路難所1位を勝ち取っているが、こちらも2番3番にノミネートされている場所である。
なかなかきつい。
下りは最初標高500mから190mまでを1.3kmで下る。
膝が痛い。
石段や丸太の階段にしてくれている場所があるのだが、それが一番きつい。
一歩一歩降りるたびに膝と足首に痛みが走った。
真直ぐ向いて階段を下りれないので、横向きにゆっくり降りていった。

現在の四国へんろ道には、おそらく昭和61年くらいに「四国の道」が制定された際に作られたであろう、木の形をしたコンクリートの丸太を階段状に組んである山道が所々にある。
作製当初はありがたい階段だったのだろうが、20年以上経過した今では土が流れ、雨のときは水が川のように流れ、各丸太の段差が大きくなりすぎてその階段を登る方が負担が大きい状態になっている。
現在では階段横を、丸太階段をよけて通る新しい道がお遍路さんの足によって製作されている。
親切だと思って行った行為なんだろうが、地形を人間の都合で変えるときには、先を見越す力っていうのが必要なんだな、と丸太階段を見る度思った。

この下り道では何人かのお遍路さんと出会った。
13番札所で行き違いになった女の子のお遍路さんとも出会った。
彼女もこの雨の中、気をつけないと滑ってしまう下りの山道に苦労していた。
追い抜き、追い抜かれ、を繰り返しながら進んでいった。
これが、彼女を見た最後だった。無事に結願されたのだろうか…

山道をひたすら下っていくと、ようやく周りの景色が開けてきた。
ここには廃校があって、お遍路さんがトイレや仮眠施設として利用できるようにしてくれている。
ここに野宿した男の子に後で出会ったが、やはり雰囲気は満点だったらしい。
彼はもう一人お遍路さんが一緒に泊まっていたので、なんとか休めたが、一人では絶対寝れなかったー、なんて言っていた。
トイレを利用させていただきたかったのだが、私は案内札すら見つけられなかった。
雨の日はつい足元にばかり注意が行ってしまうので、標識を見失うことが多かった。
小学校から少しおりると、休憩所があったので、そこで少し休憩させていただいた。

休憩が終ると、小さな集落を流れる那賀川を渡り、太龍寺へとまた山を登っていく。
登り道ではやはり他のお遍路さんに出くわすことが少ない。
へんろ道の脇を流れる清流に心を癒される。
007.jpg
是非また夏に訪れてみたい、とここでも思った。

21番札所 太龍寺 6.7km
山の上にあるお寺は、なんとなく清廉な感じがする。
自分が必死になってようやく登ってきたからなのだろうか。
ここでも屋根のある休憩所はないので、軒下で他の歩き遍路さんたちと情報交換をしたりした。

野宿じゃない方たちばっかりだったので、彼らはこのお寺をアスファルト道沿いに降りたところにある龍山荘に泊まると言っていた。
ここは、女将さんが細やかで評判が良いそうだ。
この時点までは、私は山道を下山して道の駅わじき付近にある阿瀬比の遍路小屋で宿泊しようと考えていた。
だが、彼らが出発する頃には、両面ぐっしょりのポンチョのお陰で私の体温はひどく下がってしまっていた。
寒くて震えるほどだった。
お風呂に入って温まらないと、絶対風邪をひく!と思った私は、今日の野宿を断念した。
ここままこの濡れたポンチョで歩くとやばい、とまで思ってしまったので、なんと禁断のロープウェーまで使ってしまった。
約3kmほどの道をチョンボしてしまったバツの悪さは今でも残っている…

とにかく、片道1300円を払って、ロープウェーに乗り込んだ。
自分があんなに必死になって登ってきた山を、ロープウェーはスルスルーっとあっという間に越していく。
なんだか唖然としてしまった。

麓に到着し、お寺からあらかじめ電話しておいた「ホテルわしの里」さんに転がり込む。
玄関に着くも、お宿の女将さんらしき人は地元の銭湯客と話をして、こちらを見もしない。
詳細を書くのも嫌なので、一行で済ませる。
二度とこの宿には泊まらないし、四国遍路中様々な宿も見たが、接客・サービス・内容・金額においてここは、全て最悪だった。
ただ、ここのお風呂と屋根・壁がある部屋のお陰で、風邪を引かずにすんだ。

本日出会ったお遍路さん全てに旅の安全を願いながら、就寝した。
休憩所や廃校を開放、管理していただいている地元の皆さん、ありがとうございます!

7日目 歩行距離 10km
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