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10月7日(火)15日目 宿(国民宿舎海風荘)

道の駅大山前、河中公園での朝がきた。
周りの漁船のエンジン音が夜明け前から聞こえていた。
残念ながら、雲がどんよりと空を覆い、雨がパラパラと降っている。

急いでテントを回収し、道の駅の屋根があるベンチまで移動する。
そこでテントや寝袋を少し乾かし、ゆっくりと昨日買ったおにぎりの朝ごはんを食べた。
ポツポツと道を歩くお遍路さんの姿が見えてきた。
半乾きのテントをたたみ、雨の中出発するのが嫌で少しボケーッとしていると、一人のおじさんお遍路さんに声を掛けられた。
団魂退職組あたりであろうおじさんだ。
おじさんは、一人で今後土佐でまる民宿の話をしていた。
オススメの民宿を教えてくれるのは、大変ありがたかった。
しかしこの人は、私のテントや寝袋が見えないのだろうか、と思いながら適当に相槌を打っていた。
ようやく、「今晩はどこまで行くの?」と質問されたので、野宿の予定です、と答えた。
その時ようやく目の前にあるテントに気づいたらしく、「ああ、そうか。」と言って挨拶もそこそこに去っていった。

お遍路に出て、どうでもよいけど一つ感じたこと。
遍路をしている男の人達の中で、この世代での人達は、人の話を聞かない人が多かった。
目の前にあるものも、見えていない人が多かった。
ただ自分の話をするので一生懸命だった。
この人達は、何を誰に証明したいがために自分の話だけを語るのだろう。

話している相手の話を聞くのって大切だ、と本当に実感させてくれた。

この朝、遍路に出て初めて出発するのがおっくうになった。
雨の中、また濡れながら歩くのが嫌になった。
でもそんなことは言っていられない上、早く安芸市観光をしたいので、ポンチョをはおり出発する。
心優しい漁港のおじさん達と羽の折れたカモに幸せを祈り、道の駅からようやく一歩踏み出した。

安芸の町。
ここは、三菱財閥の祖・岩崎弥太郎の生まれ故郷であり、現在も生家が保存されている。
と言っても、その時点では岩崎弥太郎が三菱を作ったなんてことは、私は実は知らなかった。
お遍路に発ったきっかけの一つである坂本龍馬の幼少からの知り合いで、龍馬も訪れたその家を見たかっただけだ。
そしてもう一つ楽しみにしていたのは、安芸市内にある温泉。
今日は温泉に入って、安芸市内を観光しようと考えていた。
土居廊中、安芸城跡、野良時計、高園茶屋、そして弥太郎の家を見て回って、遅くなれば安芸の町はずれの東屋で宿泊しようと考えていた。
まず温泉に向かうため、遍路道から逸れて町中を歩く。
へんろみち保存協力会の地図では「ヘルストン温泉」としか表示されていなかったが、この温泉の正式名称は「ふれあいセンター元気風呂」といい、ヘルストン温泉の場所を聞いても地元の人は誰も知らなかった。
ようやくふれあいセンターまで辿りついたが、なんと温泉は定休日だった!!!
元気風呂は、火曜日は定休日です。
ああ、無情…
雨の中温泉に入れなかったことで、心が折れてしまった。
もう観光する気も失くしてしまって、先に進むことに決めた。
今晩は、芸西村の端にある東屋で宿泊だー!と決めて、安芸の町をさっさと後にしてしまった。

市街地を抜け、集落裏の堤防沿い道をてくてくと歩いていく。
左に広がる太平洋をみても、海と空の境界線があいまいで、灰色のぼんやりとしたグラデーションが広がっている。
しばらく歩くと、国道と堤防道の間のコンクリートの上に突然木で出来た東屋が生えていた。
中では5名ほどお遍路さんが休憩していた。
疲れていなかったので通り過ぎようと思ったが、人恋しさもあり立ち寄った。
こんにちはー、と挨拶をすると皆笑顔を返してくれた。
5人のうち3人はパーティーを組んでるらしく、その中の一人は京都龍谷大学で勤務している白人のおじさんだった。
3人とも明るくて、楽しいパーティーだった。
その中の一人のおじさんが、「買いすぎたから、これあげる。道中でつまみなさい。」と言って、トーハトオールレーズンを一袋くれた。
ありがとうございます。
このおおらかな3人組とは、またしばらく歩いた赤野の休憩所で一緒になった。
その時には、剥いた柿をご馳走になった。
本当にありがとうございました。
何かお礼をしたかったが、結局受け取ってもらえなかった。
3人と会ったのはそれが最後だったが、無事結願されたことをお祈りした。

赤野休憩所を過ぎると、安芸市から芸西村に入る遍路道を歩く。
この遍路道は町中を走る国道ではなく、海岸沿いにある土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の高架下にあるサイクリング道を通る。
雨だったからかも知れない。
安芸市で心が折れてしまっていたからかも知れない。
もし晴れで、安芸で温泉に入れていたら、全く違っていたかもしれない。

でも、私にとってここの遍路道は四国遍路道の中で、本当に最低の場所だった。
まず遍路道沿線にごみがすごい。
それもゴミ屋敷からあふれ出ている家庭ごみと、家具や壊れた電化製品の類。
それが1軒、2軒でなく、ずっと続く。
時たま出会う住民の方も、無愛想。
こんな小さな集落で、挨拶をして無視をされるなんて思わなかった。
だんだん不気味で、気持ちが悪くなった。
早く立ち去りたいと思い、早足でこの集落を抜けた。
薄暗い遍路道を歩いていると、今度はボロボロのカブにのったノーヘルのはげおじさんが、「背の高い男の人見かけなかった?」と聞いてきた。
その男が説明するような男の人は最近見かけていなかったので、知らない、と答えるとバイクでまた去っていった。

集落を抜けると、風景は松林に替わり海水健康プールや野外劇場のサインが見えた。
そこのトイレ横で休憩していると、今度はバックパックは持っていないが、白衣を着てニヤニヤしている男が近づいてきた。
顔に大きなほくろがある。
「野宿の女の子がいるって聞いてきたんだけど、泊まるとこ決まってるの~?」
私がそっけなく、ええ、と答えると、警戒をとくつもりか、「ボク、お遍路さん。」と言った。
確かに格好はお遍路さんなのだが、何か違う。
なんかとても嫌な雰囲気がした。
しかも、野宿の女の子がいるって聞いて来た、って明らかに変だ。
この男と関わるな、と脳が信号を出している。
「この先に泊まれる所があるけど、どう~?それと、背の高い男の人を見なかった?」
いえ、結構です、男の人も見ていません、と答えるとしばらくして去っていった。

その後今晩の食料を買うために、遍路道を少しだけそれた琴浜かっぱ市に寄った。
そこは、地産池消のお惣菜が豊富で、さつまいもの蒸しパン、ちらし寿司、ポテトサラダ、鯵のフライ、と沢山買ってしまった。
でもとても美味しそう!
今晩の夕食が楽しみだ。
さっきなんだか嫌な思いをしたけれど、なんとかなるさ、と思っていた。

また薄暗い遍路道に戻りしばらく歩いていると、何やら男が3人ほど道に立っている。
そのうちの一人は最初のノーヘルおやじ、一人がさっきのニヤニヤ男、3人目は白衣を着た若い男だ。
3人が立っている横には青いビニールシートで覆われたボロボロの掘っ立て小屋があり、ドアの前には「コンビに弁当は5時から半額セール」みたいなことがでかでかと書かれていた。
それは、ちょっとおもしろかった。
しかし、とにかくあのニヤニヤ男に関わりあいたくない、と思ったがここは一本道。
周りに人もいない。
挨拶だけさっとして通り過ぎようと思ったら、ノーヘルのはげおやじに案の定呼び止められた。
「今日泊まるとこ決めてるんか?」
今日は野宿にしようと思っていたが、ここで野宿だと言ってしまうと危険だと感じたので、近所の国民宿舎に泊まると嘘をついた。
「そんな所泊まらんでええ。ここに泊まっていけ。こいつ(若い男)ももう1週間くらいここにおるで。毛布もあるし、泊まっていけ。」
ニヤニヤ男も聞いてもいないのに、「ボクはずっと自転車で四国回っているんだけど、冬装備をここに置かしてもらってて、4日くらいここにいて出発するつもり。泊まっていったら?」
噂に聞いていたホームレス遍路との初遭遇だったみたいだ。
いえ、お風呂も入りたいし結構です、ありがとうございます、というが、更にはげおやじは強引に小屋に泊まっていけと言う。
そこにたまたま犬の散歩をしていた、これまた失礼な男が通りかかった。
はげおやじはそいつに恩があるらしく、ぺこぺこと頭を下げながら他の2人を紹介していた。
今がチャンス、とばかりに挨拶をして、その場を足早に去った。

すると、ニヤニヤ男が着いてきた!
「しばらく送っていくよ~。」
いや、結構です、と言っても着いてくる。
「女の子一人で危なくないの~?」
いや、危険は何となくわかるので大丈夫です。
「ボクのことは、信頼できる~?」
イヤ、絶対しないけど、はは、そうですね、と曖昧に答える。
「今度会ったら一緒にテント張ろうね~。また携帯番号教えてね~。」
心の中で絶対イヤです、と思いながら、はは、と愛想笑いだけを返した。
林が途切れる場所で、ようやく開放された。

国道に戻ることが、これだけうれしかったことは、遍路に出てまだなかった。
よかった、他の人がいる。
急に、今晩野宿するのが恐くなった。
すぐに軒下に入り、近くの国民宿舎に電話予約をした。
空き室があった。よかった。
今晩は安心して眠れそうだ。

国道沿いをしばらく歩くと建物前にきれいな遍路小屋が見えた。
ここにはお茶と冷水機があり、ありがたくお茶をいただいた。
毎度の事ながら、このような遍路小屋を管理し、その上にお接待のお茶やお菓子を置いてくだだる地元の方々には感謝してもしきれない。
本当にありがとうございます。合掌

しばらく止んでいた雨がまた降り出した。
ボーッと車のタイヤがはねる水と空からの雨を小屋の中から眺めていた。
すると、いきなり人影が小屋に飛び込んできた。
きゃっ!と驚いて声を上げると、「わっ!」と向こうも驚いていた。
優しい目をしたおじさんだった。
散歩中に雨に降られたらしい。
定年退職後生まれ故郷の高知に戻ってきて、毎日かなりの距離を散歩していらっしゃるらしい。
とても穏やかな方だった。
この先の赤岡町にすんでいらっしゃる、石○さんという。
私が芸西村のサイクリング遍路道で嫌な思いをしたことを告げると、
「あー、あそこの人は地元の人と仲が悪くて嫌われてるんだよ。寂しがりやだけど、地元の人達に相手をしてもらえないから、お遍路さんに相手をしてもらうみたいだね。」
石○さんは、遍路についても物凄く物知りだった。
ご自身でも車で何回か88ヶ所は巡っていらっしゃるし、登山もお好きらしい。
美味しいお饅頭の話や、これからの観光スポットなど、二人で1時間ほど話していたが、楽しくて本当にあっという間だった。
今晩私が国民宿舎に泊まる、と告げると、
「あー、あそこはここから普通に行くとものすごく遠回りなんだよね。近道を案内してあげるよ!」
とまで言ってくれた。

石○さんに連れられ、山道、あぜ道を登っていくとあっという間に国民宿舎に着いた。
明日の朝山を降りる近道まで教えていただき、「これからも道中気をつけてね!」と、石○さんは爽やかに去っていった。
本当にありがとうございました。

国民宿舎で温泉に入り、かっぱ市で大量に買ったお惣菜をいただいた。
四国遍路最悪の出会いと、数ある最高の中の一つの出会いがあった一日だった。
山もあれば谷もある。
遍路はまるで人生の縮図のようだ。
そして、人生もまたこれ遍路なり。

安心して寝れるかと思ったが、やはり芸西村での出来事は多少ショックだったらしい。
携帯に110番を1番に短縮登録してから眠りについた。

15日目 歩行距離 22.2km
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