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10月8日(水)16日目 野宿(蒲原遍路小屋)

昨日とうって変わって晴天。
国民宿舎の前にある、石○さんにも教えていただいた道を抜けて山をおりる。

途中で芝栗を拾っているおじいさんに出会った。
挨拶をすると、とても丁寧に港まで下る道を教えてくれた。
「わしも88ヶ所巡りをしたいと思っていたんじゃが、もうこの体では無理じゃ…」と悲しいことをおっしゃった。
せめて、と思いお礼も兼ねてお札を渡す。
おじいさんの思いも連れて、88ヶ所回らせていただきます。
「良い人に出会ったもんじゃ。」と言われたが、私のほうこそ優しいおじいさんの笑顔に会えて良かったです。
ありがとう、おじいさん。お元気で!

山道を抜け、港を抜け、国道近くの道の駅やすが見えてきた。
その時後ろからピッピッとクラクションが鳴った。
何だ?と思って振り向くと、バンに乗った昨日の石○さんだった。
「会うかなー、と思ってこっちまで来てみたのよ。赤石町を案内するから、先に行って待ってるね!」と言うと、車で去っていった。

しばらく海岸線を歩き、内陸へ向かう。
しばらく集落内を歩いていると、歌さん設計の香我美遍路小屋を見つけたので休憩する。
ここは毛布が置いてあり、ログを読むと昨夜も親子連れが宿泊していたようだ。
冷たいお茶もお接待で用意されていた。
いつもながら、ありがとうございます。

そこを出て、陸上自衛隊の高知駐屯地前を通り過ぎると、いよいよ旧赤岡町に入る。
この商店街も、蔵の街・吉良川町を彷彿させるようなレトロ感。
四国では比較的多いが、昔の土間がそのまま残っているような商店などが立ち並んでいた。
たまらず1軒の駄菓子屋に入ってしまった。
そこで昔なつかしのお貸しを数点買うと、お店のおじさんがお接待で明治のグルコサミンを一本くれた。
ありがとうございます。

駄菓子屋を出てしばらく歩くと、石○さんが本当に待っていてくれた。
そして、赤岡町の歌舞伎小屋「弁天座」へ案内してくれた。
2年ほど前に住民が主体となって建設されたものらしい。
赤岡町にはこのほかに、幕末の贋作事件に巻き込まれ城下追放された悲劇の狩野派絵師、金蔵が描いた芝居屏風23点が残されており、毎年1回だけ絵金祭りが行われ、商店街に展示された屏風をろうそくの灯りのみで閲覧することができるらしい。
その屏風を保管するために絵金蔵が建設され、蔵の穴から屏風を閲覧できるようになっている。
香南市赤岡は、とても素敵な街だった。
また旅行者として是非訪れたい場所になった。

次は、石○さんの案内で遍路道を外れ、28番までの近道を二人でおしゃべりしながら歩いた。
今の歩き遍路は昔と違い、観光・健康・信仰の「3コウ遍路」と呼ばれていること。
ホームレス遍路の多くは、托鉢でもらったお金で生活しているから「職業遍路」と呼ばれていること。
その中でも他の遍路や地元住民に貼りつき、おこぼれをもらって生活している者を「タカり遍路」と呼ぶこと。
四国遍路では、お寺そのものよりも奥の院に行くべきだ、ということ。
境内や近くに奥の院がある場合は行くように、と言われ、地図までいただいた。
地元の人から見た遍路の状況や、これからのお勧め温泉情報、宿情報など、また時間があっという間に過ぎてしまった。
香南市役所前の橋で、とうとうお別れになってしまった。
そこで石○さんからフォルダーに入った高知の観光パンフレットや遍路資料、そして石丸さんの納め札をいただいた。
私も納め札を渡し、いよいよお別れという際に、昨日遍路小屋で石○さんが勧めてくれた香南市夜須町にあるお茶屋餅のお餅を、はい、と渡された。
こんなに優しくされて、もうなんだか申し訳なくなってきた。
名残惜しいけれど、遍路は立ち止まるわけにはいかない。
石○さんが市役所に入っていってしまうのを完全に見送り、健康をお祈りし、いざ28番札所へ向かった。

28番札所 大日寺
本堂、大師堂でのお勤めを終え、早速境内にある奥の院に向かった。
お大師さまが自分の爪で楠の幹に彫った薬師如来像があった場所らしい。
お堂の下には、穴が開いた石が山のように積まれている。
願を掛け、それが叶うと石を納める慣わしになっているらしい。
私の願いは、いつもと一緒。動植物みんなの心に光と平和を。

大日寺を出発すると、しばらくビニールハウスが続き、ニラやしょうがが茂っていた。
石○さんの話では、高知は女の人が働き者だ。
畑で仕事ができなくなっても、アルバイトをしたりするらしい。
例えばニラは、収穫した後にそんなおばあちゃん達が集まってきれいに洗ってテープを巻き出荷するんだそうだ。
私の家の周りのスーパーでは、高知産のニラが多い。
年老いて肉体労働が出来なくなってきているおばあちゃん達の手によって、あんなにきれいに仕分けがされていることをもっと感謝しないとな、と感じた。

畑をずっと歩いていると、大師堂が見えてきた。
新しくて、立派な造りをしている。
中にはおじいさんが一人休んでいた。
挨拶をして一緒に休憩させてもらうことにした。
またこのおじいさんが愉快な人だった。
全く堅苦しくなくて、子供のような目をした方だった。
くだらない事や遍路の話や彼の昔話などをし、二人で笑い、1時間ほど話し込んでしまった。
とても楽しかったのだけど、今日は先を急がないといけない。
名残惜しいけど、お別れを言うと、おじいさんの知り合いの物だという、錦の納め札を一枚いただいた。
錦のお札は、噂には聞いていたけれど、出会えるとは思っていなかった。
ありがたくいただいて、改めてお別れを告げた。
おじいさん、とても楽しい時間をありがとう。お元気で!

いよいよ南国市に入る。
まず1番の目標は、29番国分寺では全くなくてその手前にある「へんろ石饅頭 石崎商店」!
石○さんからも推薦をいただいていた。
頭の割れた黒糖饅頭のようで、おいしそう。
お店の中に入ると、5個入りになっている。
5個は多いし、荷物になる。好きじゃなかったら困る。
おそるおそるばら売りもしてもらえるか尋ねると、「いいですよ!」と軽快に返事が返ってきた。
そこで、今食べる分、今晩のおやつ、明日の朝で3つ買うことにした。
グーの大きさで、1個70円!安い!
一つ早速食べてみたが、美味しい!
次の日の朝にも朝食の一部として食べてみたが、堅さもほとんど変わりなくて、もっと買っておけば良かった、と後で後悔した。
ちなみに、この付近にはながおか温泉という温泉があり、善人宿もあるので野宿遍路さんお使いください。(温泉は、900円でちょっと高いけど。)

29番札所 国分寺
一日にお寺を1つ以上回れるなんて、街に近づいてきた証拠だろう。

国分寺を出ると、地図では二つの川が交わる上に遍路道の表示があるが、道がよく分からずちょっと迷ってしまった。
この時点で既に夕方近く。
今晩宿泊する遍路小屋まであと3kmはある。
なんとか迷いながらも目的の道へ入れたらしい。
集落を通っていく。
しばらく歩いていると、有限会社まつした食品の看板が見え、豆腐を作っているようだ。
遍路に出てから、手に入る日は毎晩豆腐とサラダのみを食べている。
できれば地元の豆腐を食べたい。
豆腐を買わせていただきたいと思ったが、直接販売はしていない模様。
がっかりして通り過ぎる。
だが今晩は、運の良いことにスーパーの横を通る。
そこで野菜のお惣菜と「土佐半丁豆腐」、そして明日の朝ごはん用おにぎりをゲット。
スーパーの外に出た時には、すでに空は暗くなっていた。

スーパーから今晩の宿泊地までは山の中の寂しい道を通る。
道沿いにある歌さん設計の蒲原遍路小屋にたどり着いた。
ここは、有難いことにランプもつけてくれており、小屋のすぐ横の手水鉢には新鮮なお水も流れている。
お手洗いも、小屋の上にあるヒダカ技研さんのを貸してくださっている。
ヒダカ技研の社長さんが、歩き遍路の為に建設・管理・トイレまで貸してくれている。
本当にありがたいです。

豆腐と野菜の晩御飯を食べて、明日の計画を見る。
ここまで来て、ある問題が起きていた。
来週火曜日、会社に顔を出しに行かなければならないのだ。
神戸まで一旦帰らなければいけないので、高知市内で火曜まで時間を潰さないといけない。
先に進みたいが、バスがどこから出ているのかわからない。
残念だが、高知市内のユースホステルに火曜まで宿泊させてもらうことに決めた。

夜が更けた頃、うるさいスクーターの音に起こされた。
地元の子供たちが、この遍路小屋を夜中の遊び場に使っているみたいだ。
中に入り、私が寝ているのを見て「おお!」と驚いて外に出て行ったが、しばらくどこに行くか相談をしていたため寝れなかった。
強引に入ってこられるかと思ったが、そこは勘弁してくれた。

16日目 歩行距離 22km
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