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10月16日(木)20日目 野宿(須崎遍路小屋)

山すそにあるせいか、トンネルの影響か、めちゃくちゃ寒かった。
寝袋に換気のためについている黒い部分から冷気が入ってきて、朝方から寒くて寝れなかった。
どうやら神奈川の女の子もそうだったらしい。
朝からカイロを何個か使ったと言っていた。
出発前に、女の子がカイロ一袋とレーズンをくれた。
ありがとう。頑張って結願してね。

今日は36番青龍寺に向けて出発する。
まず峠越えから始まった。
そんなに高くない山だが、一部壁にチェーンがついていたり、結構サバイバル気分を味わえる道だった。
途中の森は美しかった。
024.jpg

そして、久しぶりに海岸に出た気がする。
青龍寺は、岬の先っちょにあるお寺。
橋を渡り、海岸沿いにお寺に向かう。
ここの道沿いにはいくつかトイレと東屋があり、野宿には良さそうだ。
海岸線から少しだけ離れて青龍寺に向かう。

36番札所 青龍寺
このお寺は、何かと話題の関取・朝青龍が高校時代に稽古をした場所で、朝青龍の名はこのお寺にちなんでいるらしい。
謙虚でない彼の態度はあまり好きではないので、どうでも良いのだが。

お参りを終え、お寺の前にある珊瑚工房のお接待所にて少し休ませてもらった。
生きている珊瑚を削って作る珊瑚細工は好きではないが、ただ休憩するだけなのも悪い気がしてお店の中を見せていただいた。
足が悪い私のおばあちゃんへのお土産に、小さな草履が二個ついたかわいい携帯ストラップを買うと、お接待としてお大師さまを象った珊瑚を一つくれた。
ありがとうございます。
お大師さまは、金剛杖につけて一緒に旅することにした。

さて、ここから次の37番まで2つのルートがある。
楽な方は、一旦打ち戻って津ノ内湾を上から回るルートらしい。
下回りのルートは距離的には少しだけ近そうだが、アップダウンが激しくてしんどい、と珊瑚工房のおじさんに教わったので、打ち戻ることにした。

津ノ内湾周りの道は、行けども行けども終わりがないように感じられた。
景色が単調だからだろうか。
目印がないせいだろうか。
休憩場所が全くないからだろうか。
歩いても歩いても下回りの道との合流地点まで着きそうにない。
だが、しばらく歩いたところで丘の上に小学校が見えてきた。

その小学校の正門の前に、小さな小屋があり、「お遍路さんへアンケートをお願いしています」と書いてあった。
中を覗くと、箱の中に切手が張ってあるはがきの表に学校の住所と5年2組の男の子の名前が記されていた。
裏を見ると、「どうして歩いているのですか。教えてください。」と、パソコンで打たれた文字があった。
どうして私は歩いているのか。
漠然とした考えしかなかったが、自分のためにもその答えを人に説明できるくらいまとめたかったので、そのはがきを頭陀袋に入れた。

結局そのはがきは後に、まとめた答えと共に投函した。
「この便利な時代に、車でもバスでも電車でもなく、どうして私は歩いているのでしょう。
それは、自分の足で歩いていると小鳥の囀りや足元の小さな花に気づき、それを愛でることができるからです。
乗り物は確かに便利で楽で速いですが、その代償としていろいろな小さな、大切なことを見過ごしてしまいます。
地元の温かい人々とふれあい、励まされ、一歩一歩自分の足で進んで行きたいから、歩くのです。」

これは、普段の生活にでも言えることではないかと思う。
物質欲や文明の利器の助けにより、私たちの生活ペースは、少し昔と比べ物にならないくらい速く便利になった。
でもその反面、本当に自分たちに大切なものは何かを見過ごしてしまっているような気がする。
だから私は敢えてそのスピードを落とし、ゆっくりと周りにある小さいけれど大切なものに気づいていきたいと思う。
小さなものでも、平等に光が分け与えられる世界を造りたいと思う。

小学校を過ぎ、また進んでいくと小さな集落が現れた。
そこで今晩の夕食を買う予定だったので、ショップで重い荷物を背中から引き剥がした。
お惣菜があんまりなく、がっかりしながら外にでると、車が一台停まっていた。
荷物の準備をしていると、停まっている助手席から杖をついたおばあさんが出てきて、
「これでお弁当でも買いなさい。」
と、500円玉を手渡してくれた。
「少なくてごめんね。」
とんでもない!有難くいただき、納め札を渡させていただいた。
おばあさんの思いと共に、四国を回ります。
本当にありがとう。

私は、バックパックの上にお接待をしてくれた方々の思いを乗せて歩いていると思っている。
それはプレッシャーでもなく、責任でもなく、お大師さまと一緒に回っているような感覚だ。
みんなの心や温かさがありがたい。
その思いだけで、ご飯3杯、ではないけど、結願まで必ず頑張ろうという気になる。
みんなに、良い意味で、歩かされていると感じる。
本当にありがとう。

ようやく津ノ内湾下回りルートとの合流地点に差し掛かった。今晩は、そこから2.5kmほど行ったところに示されている歌さん設計の須崎遍路小屋で泊まらせていただこうと思っていた。
県道沿いに旅路を急いだ。
民家が並んでいる先に、ようやく遍路小屋が見えてきた。
井草のマットも敷いてあり、きれいな小屋である。
しかも、裏の民家の方がボランティアで水道とトイレまで提供してくださっている。
本当にありがたい施設だ。
しばらくログに書き込んだり、水道で顔を洗ったりしていると、民家の方が出てきた。
上から下まで目踏みをされているような視線を受けたが、本日お世話になります、と挨拶をし、水道とトイレのお礼を述べた。
目踏みをされているような視線は止まないので、少し居心地がわるかったが、しばらく世間話をしたり、民家の方のゴミやトイレの汚れの愚痴を聞いたりした。
ここの小屋のために、その民家の方が自分の家の横に簡易トイレを設置してくれている。
中に入ると、きれいに使うようにこんこんとお願いされた張り紙がしてあった。
中にははみ出した汚れを掃除せずに放置したり、ゴミを放置したまま去って言ったりする人がいるようだ。
今まで出会った歩き遍路の中で、そんなことをするような人は一人も居なかった。
もしかしたら、謙虚さも失ってしまったホームレス遍路の人達が多いのだろうか、などと想像してしまった。

いよいよ寝袋に入って寝ようか、というときに、小屋の入り口でドサッと音がした。
見てみると、お遍路さんが小屋に入ってきた。
真っ暗な中を一人歩いてきたらしい。
この小屋の床は狭くて、2人寝返りを打てないくらいの大きさしかない。
「あ、僕はコンクリートで十分なんで。」と、言ってその人はコンクリートの上にさっさとマットを敷いてしまった。
申し訳ないので、上に上がってください、と言っても聞かなかった。
そのおじさんは、仙台から来ているらしく、2度目の遍路だと言っていた。
1回目は10年前に仕事を失った時らしい。
また今回仕事を失い、ここに来たと言っていた。
「人生の節目に、ここに呼ばれるんですよ。」と、言っていた。
私も東北に住んでいたことがあったので、仙台の牛タン屋さんの話やら温泉の話をいろいろさせてもらい、とても楽しかった。

夜も更け、二人ともお休みなさいを言って寝袋に入る。
今日は山中ではないので、寒くはないし、一緒に寝る人がいるのでぐっすり眠れそうだ。

今日出会った全ての人々に、ありがとう。
全てのものに光を。

20日目 歩行距離 26.4km
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