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11月4日(火) 28日目 野宿(道の駅大月横ふれあいパーク)

ホテルオレンジで、快適な朝を迎えた。
昨日ぐずついていた天気は、一気に回復。
お風呂に入り、洗濯もできて心機一転で出発。

ホテルオレンジを出てしばらく歩くと、昨晩の宿泊予定地だった爪白キャンプ場を通過した。
ここにはシャワーもあり快適そうだったが、屋根が無いので雨の中テント泊はきついと思う。
また足摺海洋館近くにも芝生があり、テントなら十分に宿泊可能だと昨日思った。

国道321号線を歩いていると、数日ぶりに下ノ加江で一緒だった木○さんに会った。
足摺からどのルートで次に向かわれているか分からなかったので、もう二度と会えないかと思っていたら、同じ月山神社ルートを選べれていたらしい。
挨拶をして、休憩していた木○さんを追い越した。

ここからずっと海岸線を歩くが、国道のトンネルをいくつか通る。
長い国道のトンネルは、怖い。
車で高速で走っているときには気づかないが、トンネル内には時々ランプが消えている場所があり、暗い。
歩道のすぐ横をダンプカーや10tトラックが大きな音を立てて走り抜けていく。
その度に、自分の周りの空気が揺れ、風に巻き込まれそうになる。
反射材を金剛杖、バックパック、菅笠に付けているが、ライトすら点灯させていない車が通る時は、ひやっとする。

そんな経験も、歩き続けると、終わった。
なんでもそうだろう。
一か所に立ち止まっていてはその場しか見えないが、ゆっくりでも前に進んでいくと、いつか辛さは終わり新しい世界が広がる。
そして、私にはまた新しい出会いが待っていた。

連続トンネルの最後、貝ノ川トンネルを過ぎてしばらくすると、叶岬へ回る道へ進んだ。
ここにはトイレと水、そして東屋があり、野宿をゆっくり平和にできそうな場所だった。
岬の先端まで道ができていたので、荷物を入り口のベンチに置いて歩いた。
041.jpg

岬の先には、雄大な太平洋が広がっていた。
更に先にある海に囲まれた岩で、おじさんがだた一人魚釣りをしていた。
どうやってあそこまでたどり着いたのだろう。
ボートも見当たらなかった。
引き潮のときには、陸地が繋がるのだろうか。
それにしても、一度渡ったら12時間ほどそこに居続けなくてはいけなくならないのだろうか。

岬から荷物を置いてあるベンチまで引き返し、しばらくぼーっと休憩していると、自転車に乗ったおじさんがやってきた。
休憩用ピクニックテーブルを道に挟んで東屋があるのだが、その奥に階段がありお墓だか神社だかがあるらしく、そこに桜ノ井から毎日健康のために通っていると言っていた。
「昔は石工をやっていたんじゃ。この上にある石もわしが作ったんじゃが、それを見にの。
昔は、石工も墓石やら作るのに忙しくて全国を回ったもんじゃが、今は外国から安い石が入ってきて手彫りなんぞやらんからの。寂しい世の中になったもんじゃ。」
神戸で私が今住んでいるところも、もともと石の産地で有名だったので、その話でも盛り上がった。
それにしても、やはり四国の人は関西、特に神戸に住んでいた人に多く出会った。
徳島で10番札所、焼山寺に登るとき12kgもあるバックパックを途中まで担いでくれたおじさんも、昔神戸にある川崎にて船を造っていたらしい。

おじさんと話をしばらくしていると、短髪の男の子のお遍路さんがやってきた。
広島から来た堀○君と言った。
彼も一緒にピクニックテーブルに座り、3人でおしゃべりに興じた。
ずっと単独の旅なので、こうして人とおしゃべりをするのが、本当に楽しくなっていた。
1時間ほど3人でおしゃべりをしてから、そろそろ出発しなければ、という話になった。
堀○君と二人で、おじさんにお別れを言って先に進んだ。
おじさん、早く元気になってね。ありがとう。

私と若い男の子では、歩くスピードが本当に違う。
堀○君に先に行ってもらうように言って、また別々に歩いた。
海岸線をひたすら月山神社に向かう。

国道沿いにあまりきれいではないトイレがあり、それを海岸沿いに向かうと大浦の集落に入る。
港の防波堤沿いに14番遍路小屋、大浦が現れた。
ここは、屋根はあるがはっきりした壁が無く、トイレも遠いので、あまり野宿には向いていないような気がした。
そこから久しぶりに山のへんろ道へ入る。

ここは、高知ではかなりきれいに管理されているへんろ道だった。
地元の月灘小学校の子どもたちの励ましの遍路札が至る所にかけられていて、うれしくなった。
遍路石も数多く残っていた。
高知に入って初めてといっていいほど、へんろ道らしい場所だった。
高知は、他の四国3県に比べて本当にへんろ道が管理されていない。

文句を言う筋合いは全く無いが、最初はあまりにもへんろ道保存への関心の温度差が他県と違って戸惑ってしまった。
地元民が遍路に対して無関心なわけではない。
温かくは迎えてくれた。
これが他県との経済力の差なのだろうか、と度々思った。
自分たちの生活に余裕がないから、へんろ道などに構っている時間もゆとりもないのだろうか。
赤岡で出会った石○さんからは、「高知人は信心が薄い。明治維新の時に、古い神を一番多く捨ててたのが土佐人だった。今では、新興宗教の数が全国で一番多いのも高知だよ。」と、聞いていた。
そのせいもあるのだろうか。

大浦のへんろ道を登る。
途中、アスファルトの道に差し掛かった所にたこ焼き屋さんがあり、そこに遍路休憩所が用意されていた。
「お遍路さん、ゆっくりと休んでください。」
と、書かれてあった。
たこ焼き屋さんに声をかけて、休ませていただいた。
ただ使うのでは申し訳ないので、たこ焼きを頼もうかと思ったが、お腹がまったく空いてなかったのと、丁度注文が立て込んでいたようなので、遠慮させてもらった。
たこ焼き屋のおばちゃん、休憩所をありがとう。

そしてまた歩き始めてしばらくすると、休憩している堀○君にまた出会った。
ここからは、二人で月山神社に向かった。
二人で楽しくおしゃべりをしながら歩くと、あっという間に目的地に着いた。
月山神社の裏山には、ご神体の岩がある。
前には休憩所があり、そこになんと木○さんがすでに座って休憩していた。
爪白キャンプ近くで追い越したのだが、叶岬でおじさんと堀○君3人でおしゃべりをしている間に追い抜かれたのだろう。
木○さんの荷物は、相変わらず荷物が大きい。
調理用品などすべて持たれているらしいので、20kg近くはあるんじゃないだろうか。
バックパックのかさが高すぎて、菅笠を被ることができないくらいだ。
木○さん、堀○君と3人で仲良く昼食をとり、それぞれまた別々に出発する。

月山神社前のアスファルト道をしばらく歩くと、また山中のへんろ道に入った。
ここも地元ボランティアの方々がきれいに管理してくれていた。
地元の方々、ありがとうございます。

なんだかこの辺から、なんとなく既に高知でないような感じがしていた。
今までの荒々しくて殺伐とした空気が、柔らかくなってきた。

そしてまた、国道321号線に戻り、姫ノ井に入る。
姫ノ井は、本当に美しい所だった。
今まで歩いてきた土佐の荒い空気と土地とは異なり、まるで優しさに包まれているような空気に覆われていた。
国道沿いにコスモスなどの花があふれ、畑で働いている人々もにこやかにあいさつを返してくれた。
後でまた出会った堀○君も同じような事を言っていた。

そして、夕方に国道沿いにある道の駅大月にたどり着いた。
道の駅内に遍路休憩所しんきん庵があったが、堀○君によると一人の職業遍路がもう一人の遍路の為に場所取りをしていて、入れてもらえなかったので、道の駅に隣接しているふれあいパーク内野外劇場のトイレ近くにテントを張った。
堀○君はテントを持っていなかったが、休憩所からはじき出されたので道の駅のベンチで眠ることにしたらしい。
そうしているうちに、木○さんも道の駅に到着した。
木○さんもテント泊なので、ふれあいパーク横にテントを張った。

ちょっとおかしな感じがした。
四国を何年も回り、ホームレスのような生活をしている職業遍路に貴重な休憩所を占拠され、純粋に歩き遍路をしている者が遍路休憩所で休めない、という現実に不条理を感じた。
今晩は、ちょっと冷えそうだ。
堀○君がちょっとかわいそうになったが、私の一人用のテントに二人は入れない。

木○さんと堀○君におやすみを告げて、テントに入った。
明日は晴れのようだし、39番札所まで行ってから、宿泊地を決めよう。

今日出会った素晴らしい人々に感謝。
みんなが幸せに生きれますように。

通算28日目 歩行距離26km
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